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ジャパニーズ・キャッスル

好きな城は? と聞かれたら、どう答えるだろう。城下町に住んでいれば、地元の城をあげるだろうが、詳しくなければマニアックな話は勘弁と身構えるかもしれない。起業家なら俺の会社、商売人なら俺の店、新婚ならマイホームと比喩的に答えるかもしれない。概念や象徴としての城のイメージは、誰もが共通して、守るべきホームポジションとしてある。だがここで話したいのは、天守や石垣のある、本物の城の話だ。

昔から城が好きだった訳ではない。社会の授業では地理を専攻し、年号の暗記に意味を見出せない歴史は嫌悪するジャンルだった。城の近くに住んでいたわけでもなく、城も縁遠い存在だったが、興味を持ったのには、きっかけがある。
海外旅行が好きで、なるべく遠くの僻地を中心に、時間を見つけては飛び出していた。旅先の国の文化や建造物を巡り、名物料理を食べながら、拙い英語でも地元の人の話を聞くのは楽しかった。そんな会話の中で、逆に日本のことも教えてくれと言われた時に、振り返って思った。国内を驚くほどどこへも行っていない。旅した国の数より、行ったことのある都道府県の方がはるかに少なかった。お勧めの見どころを聞かれても、京都や奈良の観光地しか答えられなかった。海外にばかり目が行き、自分の国の魅力を語る知識も言葉も持っていなかったことはショックだった。そうした理由から、国内を見て回ろうと考えた時に基準にしたのが城だった。

まずは、歴史的な視点から、城を見る。
近代城郭の基礎を作ったのは織田信長で、広めたのが豊臣秀吉、確立したのが徳川家康と言われている。城の数は、安土桃山時代以降に築かれた近世城郭だけで、全国に500以上あった。
日本の城を語る時に外せないのが、「現存12天守」だ。江戸時代以前からの天守が残る城は、日本に12城しかない。内5城の天守は国宝の指定を受け、姫路城に至っては日本最初の世界文化遺産でもある。大転換期になった明治になっても、およそ300城が残っていたが、廃藩置県によって統治組織の核としての役割を失い国有化された。
陸軍が再利用した43城以外は、廃城令によって大蔵省が、地方公共団体や学校に売却した。それが150城と言われ、その内取り壊しを逃れたものはわずか4分の1だった。天守が現存する城は、その時に、建築学的価値や芸術学的価値を認められたり、民間人の努力によって守られたものだ。「姫路城」の天守でさえ23円50銭、今の価格で10万円以下で落札された。維持や解体にもお金がかかるため、城の存続をめぐる苦労話の枚挙には、いとまがない。
戦後の復興は、復興天守がそのシンボル的役割を果たしている。地震を耐え抜いた「熊本城」が復興の象徴として、県民の心の支えになっている。崩れ落ちそうになった櫓を支えた奇跡の「一本石垣」の姿は、折れない心の象徴として記憶に残っている。

次に、鳥の目で城を見る。
鳥の目が欲しくなり、ドローンの操縦免許を取得したのは、「備中松山城」を訪れたのがきっかけだった。この城の石垣は、NHK「真田丸」のオープニングに使用されていたことで有名だが、山頂付近に建てられているため登城が大変で、「竹田城」と同じく「天空の城」と呼ばれている。雲海に浮かぶこの城を、いつか撮影したいと考え、次回のチャンスをうかがっている。もちろん、他の城も撮影をしたいが、通常の城は、周辺から飛行禁止区域になっていることが多く、趣味で飛ばすには許可のハードルが高い。自動操縦機能が不安定な初期の頃に、外国人が誤ってドローンを「姫路城」の大天守に衝突させた事件が、規制を強化してしまった。それでも、その巨大で端正なシルエットを、思うがままのアングルから見たいという期待は募る。規制緩和を地域戦略として掲げてきた地域も多く、今後に期待が出来る。空間とともに、時間をさかのぼる

最後に、身体の視点で城を見る。
城巡りに乗じて、旅する時に気に入っていることがある。早朝の城下町を起点にして、城のまわりをランニングすることだ。地元のランナーに混じって走ると、気づかされることが色々ある。街の通りは、昔の城下町のまま残っていることが多く、城へ真向かおうとすると真っ直ぐ進めない。クランクが多くジグザグに進むことになるのは、城への見通しを悪くして攻め込まれれにくくしていた名残だ。歩く速度では気がつきにくい、攻め込む気持ちで走るスピードが教えてくれる発見だ。

一つお勧めのコースを紹介する。長野県松本市内の松本城を中心としたランニングだ。松本城は、堀を囲んで走っても一周1.2kmほどしかない。皇居外周と同じく信号で止められることもなく、北アルプスや天守を眺められるポイントがいくつかある平坦な道だ。市内は盆地のため平坦で走りやすく、城の近くにはパワースポットの四柱神社がある。しばらく走れば、美術館の前に立つ草間彌生の奇抜なオブジェも見ることができる。うれしいのは、北アルプスの湧水が飲めるスポットがいたるところにあり、ランナー天国といえる。

最近の城で、よく見かけるのは、AR技術による当時の城の再現だ。VR・ARと銘打った城系コンテンツは、2021年01月現在、全国で約40箇所程度あるようだ。スマートフォンを使う独立系アプリタイプ、凸版印刷の「ストリートミュージアム」のアプリで再現するタイプ、wabサイトから探索するタイプ、現地で端末を貸し出したり上映の方式をとるタイプ、などに大きく分かれる。いずれも、当時の天守や石垣をCGで再現したもの、キャラクターが案内してくれるものなどそれそれ工夫を凝らしている。史実を盛っているところも時折見受けられるが、地域の街おこしの大きな武器として、責任を背負わされている。

特殊な技術を使わなくても、今やストリートビューを使えば、居ながらにして世界中へと旅が出来る。日本の城も、海外から自由にサイト内で散策が出来るだろう。だが、そこで落合陽一がアート展で語っていた言葉が思い出されるので拝借する。
「人間には質量への憧憬があるからね。質量ってダサいけど、質量性がないと認識できない大きさみたいなものに惹かれるのは質量に意味を感じるからでしょうね。VRで100メートルの建物つくっても楽しくないわけだし。」
デジタル技術は発達したが、人はが身体から自由になった訳ではない。宗教建造物や鎮守の森の大木などは、存在の大きさが畏怖を感じさせ信仰の対象となった。質量の大きなものは、複製をするコストが高く簡単には真似ができない。そのことが価値と神秘性を生んでいる。
城が、不完全な形でも復興のシンボルとなりうるのも、城の持つ歴史に加えて、質量によるところも大きい。質量が護ってきた地域の歴史と文化のタイムカプセルだ。戦の砦を始まりとしたが、江戸時代以降は、平和と繁栄のシンボルとしての役割を担ってきた。この実際に触れることが出来る本物のレガシーの素晴らしさを、世界に語れる言葉とともに集めていきたい。

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