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劇場アニメ映画『漁港の肉子ちゃん』レビュー

【弾み、軽く、優しい表情はアニメーションだからこそ】

 表層的な特徴に当てはまる役者を探して、例えば森三中のお三方であったり、山田花子であったりといった、吉本興業なり吉本エージェンシーなりに所属して、美人系とか美少女系ではない容貌と、肉っとした姿態を持って少し阿呆なところも見せつつも、人の良さがにじみ出る中年女性を起用して演じさせたとしたら、やはりどこか定式化したイメージの中にはまり込んでしまった気がした。

 それが悪いという訳ではなくて、ピッタリの雰囲気を醸し出す映画にはなったかもしれないけれど、そうした予定調和を避け、愛らしくてふてぶてしく、ぬめぬめとした湿度を持ちながらさらっとした爽やかさも併せ持ったキャラクターとして、肉子という存在を現出させようとしたら、やはり絵によって表現できて、声もぴったりの人を探して当てはめられるアニメーションという形式が、相応しかったようだ。

 劇場アニメ映画『漁港の肉子ちゃん』の話だ。

 西加奈子による原作が、どこまでその性格なり情欲の部分にまで立ち入って描いてあるかは読んでないので分からないけれど、女性としての欲望に左右されつつ、男に捨てられあるいは逃げられ、幼い女の子を連れて西から東へそして北へと移り住んでいくキャラクターは、なかなかなエグさを持っている。

 そんなキャラクターに、生々しさを除ききれない実在の女優なりお笑いタレントなりが重なった時に浮かぶ熱量を、果たして人は欲するかという時に、それをエネルギーに変えて圧倒する役者もいない訳ではないだろうし、見れば圧倒されることもあっただろう。そこをアニメーションにしたことで、長編アニメ映画『漁港の肉子ちゃん』は、肉子ちゃんというキャラクターに熱さと同等の爽やかさを与え、振れてみたいと思わせる愛らしさを与えた。あるいは軽さも。

 寝転がっているだけで重さが感じられる実写と違って、アニメーションは絵で描かれている以上、そこに重さを感じさせる何かを足す必要がある。振動だとか重力で下がる肉体だとか。逆に言うなら、そうしたエフェクトを操作することによって肉子ちゃんというキャラクターに、楽しさも軽やかさも与えることができる。声という演技もそこに加えることで、絵としての肉体表現の上にさまざまな感触を与えることができる。

 それによって長編アニメ映画『漁港の肉子ちゃん』は、それこそ『となりのトトロ』の大トトロのような強さと暖かさと愛らしさと軽やかさを、肉子ちゃんというキャラクターに与えることに成功した。だからこそ映画の間中、ずっと親しみを持って接することができたように思える。そんな肉子ちゃんという存在への慈しみを、娘のキクコという存在を通して感じ取れるようになっている。

 男に捨てられ追いかけるとも逃げるともとれる行動の果てに、東北めいた場所にある漁港へと流れ着き、今は地上に家は持たず漁港に浮かんだ漁船めいた船を与えられて暮らしている肉子とキクコはよそ者であり、胡乱な存在であり普通だったら虐げられ、排除され抑圧される側に立っていそうなものだけれど、漁港の人たちは優しく、クラスメートたちも虐めの対象に祭り上げることもなく、普通に接しているところに、どこか固定観念化してしまった、特定のシチュエーションから浮かぶ関係性に寄りかからない目新しさがあった。

 人間関係に迷い、戸惑いながら懸命に生きているような、切迫感に身を苛まれる辛さに引っ張られるようなことには、ならないのではないかという安心感の下、繰り広げられる物語の中で別の人間関係の不安定なバランス、好意が憎悪へと転じてしまう難しさなども描かれながらも、いずれ元に戻るといった可能性の下、お腹のあたりをムズムズさせずに見ることができたのも良かった。あとは、図々しくてちょっとおバカな肉子ちゃんをキクコが恥じず、隠そうとしないで振る舞っているところも、人のネガティブな感情に弱い心理状態にはマッチしていて嬉しかった。

 そんな物語を描くアニメーションは、『海獣の子供』と同様に木村真二ら美術スタッフによってしっかりと描き込まれた漁港の雰囲気の上で、そこに暮らす人々の人情めいたものがよく動き回っていて見ていて退屈しなかった。二宮という少年がどういう状況でいったい何をしているのか、想像するならADHDの類する何かで、一種の箱庭療法でもしているんだろうかといった思いも浮かんだけれど、それをつきつめなくても、ちょっと変わった男の子がいて、けれども根はストレートでキクコの心を真っ直ぐに戻す良い奴だったと感じられるから、たとえ変顔ばかりしていても構わないといった心境になれた。

 こうした企画をどうして明石家さんまが立てたのか、それをどうしてSTUDIO 4℃が受けて長編アニメーション映画にまで仕立て上げたのか、お金を出した吉本興業にどんな成算があったのか、明石家さんまへの年間のギャランティで映画1本が生まれてそれが最高の内容だったら、吉本興業にとってメリットが大きいという計算が働いたのか。考えはいろいろ回るけれども、いいタニマチを得たアニメーション業界が最高のスタッフィングで最良のアニメーション映画を作り上げ、送り出した歴史的な作品として後年にも語り継がれることだろう。(タニグチリウイチ)


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