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もうゾンビに謝らないと決めた

この季節がやってきたかぁとテレビを見て思う。

ゾンビに追いかけられて絶叫する女性たちの顔がテレビに映し出されている。最後に見慣れた地球のマークと『UNIVERSAL STUDIO JAPAN』の文字。

ハロウィンホラーナイトの季節がやってきたのだ。関西に住む私たち夫婦はこの時期のUSJが一番好きだ。

しかし、ここ数年は流行病もあったし、それより前もテレビコマーシャルを見ては「行きたいね」「そうだね、行きたいね」と繰り返しているうちに気づけばハロウィンは姿形を消し、クリスマスムードになっていた。そんなこんなでハロウィンホラーナイトにはここ何年も行けていない。

行きたいという気持ちと人が多くて疲れる億劫さが葛藤している。年々歳をとるにつれ、行列に並ぶという事が辛くなってきたのだ。


初めてハロウィンホラーナイトを体験したのは20代前半の頃だったと思う。友人と一緒に年パスを買って毎月のようにユニバに行って1日を過ごしていたまだまだ若かった時。

その頃はまだ少しパーク内は閑散としていて平日だったからか乗り物もほとんど並ばず乗れていた。確かハリーポッターエリアができるまではそんな感じで正直過ごしやすかった記憶がある。


記憶は朧げだが、そんなハロウィンナイト期間の夜、空が暗くなってきた頃友人とそろそろ帰ろうかと道を歩いていた。その通りには私たちの他に3.4組のグループが前を歩いていた。

すると、前方からオレンジ色のつなぎを着てチェンソーを持ったゾンビがやってきた。

ゾンビは今ユニバにいるようなモンスターのようなゾンビではなくて一般的なゾンビ。
(一般的なゾンビってなんやねんって感じだが、いわゆるゾンビ映画に出てくる人間の形をしたゾンビ)

前に歩く人たちはゾンビを見つけては少しずつ距離を取りうまい具合に離れて歩いている。決して近づくものはいなかった。私たちもそれに倣うように、ゾンビと距離を取りながら歩いた。

ゾンビはそれでも徹底してゾンビで、チェンソーを持って呻き声をあげながら獲物を狙っているようだった。私は走って逃げたりはしない。キャーキャー言うようなキャラでは無い。

お化けとか別に怖くないしって言うし、お化け屋敷でも「うわっ!」とか「あわっ!」とかを静かに言うタイプだ。

変に強がりな人のように生きてきたもんだから、今更キャラを変えるのは恥ずかしいので、今まで落ち着いた風を心がけていた。そもそも危機が迫ったとて絶叫するというスキルを持っていない。

だから、前から来るゾンビにも走って逃げたりはせず、心の中で近づかないでくれと思いながらしれっと少しずつ遠ざかるようにして歩いた。

しかし、ゾンビもそろそろゾンビとしての仕事をしなければと思ったのかもしれない。ゾンビは何故か私たちをロックオンしてチェンソーをかき鳴らしながら私と友人に近づいてきた。

「やばい!近づいてきた!」と思いながら早歩きで横移動をしながら距離を取るが、やはり狙いを定められたのか明らかに我々に向かってきた。

少しずつゾンビとの距離が近づいた時、私はふと横を見た。何故かさっきまでいたはずの友人がいなかった。見ると少し離れたところにいる。友人は隙を見て逃げ出していたようだ。離れたところから私とゾンビの行く末を見守らんと様子をうかがっているようだった。

1人になってしまった私に構わずチェンソーを持ったゾンビは近づいてきた。逃げたり走ったりキャーキャー言うのは私のキャラではないし、やはりそんな事をする勇気が逆に無い。

早歩きで横に横に逃げていた私も遂に向かいからやってきたゾンビに追いつかれてしまった。観念した私はその場に立ち止まった。ゾンビはお構いなしに間近でチェンソーをかき鳴らしながら脅かしてしきた。

そんな状況の中、気づくと私は頭を抱えながら「ごめんなさい、ごめんなさい...」とゾンビに向かって謝罪の言葉を発していた。

それは悪いことして親に怒られているようなそんな姿だったと思う。

今思うと「キャー」と言って叫んで逃げるより何倍も恥ずかしい行動である。ゾンビ側も求めていた反応と違ってさそがし困ったことだろう。

ゾンビがバックヤードに戻ったらゾンビ仲間に「めっちゃ謝ってた奴おったで」とか言われるんじゃないかと思うとただただ恥ずかしかった。

ひたすら謝り散らかしているうちに埒が開かないと思っただろうゾンビは再びチェンソーをかき鳴らしながら去っていった。何が起きたのかよくわからない私は呆然と立っていると友人が近づきながら笑っていた。

そんな彼女に「ごめんなさい、ごめんなさい」ってゾンビに謝ってもたわと言うと更に笑っていた。めちゃくちゃ恥ずかしかったが友人に笑ってもらって少し救われた気がした。


この経験で私は自分が追い詰められると「ごめんなさい」と連発するタイプの人間だった事に人生で初めて知った。

もしこの世がゾンビの世界になったならば私は間違いなく、ゾンビ映画の序盤に「この街はゾンビに侵略されてまっせ」という雰囲気を醸し出すために最初にやられてしまうモブキャラだろう。

それはいい。
私は序盤でゾンビに噛まれる自信があるから。

だけど、私は思う。
せっかく生を受けて生きてきたのだ。ゾンビにやられる前の最後の言葉がゾンビへの謝罪というのだけはなんとしても避けたいと思った。


だからハロウィンの時期になると私は思い出す。
恐怖だからといって悪いことなどしていないのにむやみやたらに謝っては後悔する。ということを。


今のユニバのゾンビはモンスター化しており個人的には以前より怖いという感情がやや薄れている。来場者も多く、ゾンビに近づいて行く人の方が多い。

だから、あの時の怖さを感じることはもうできないかもしれないけれど、やっぱりあの雰囲気は楽しいから、またホラーナイトに行きたいと思う。

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