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3つの「彼も人なり、我も人なり」

うらは、この「彼も人なり、我も人なり」という言葉が好きで、これを長い間実践してきました。ところが語源をと思ってググってみると、違う意味で覚えていたようです。ただそれぞれ味わい深いので、シェアしたいと思います。

古典的解釈

語源は中国・唐時代の文人である韓愈の著「原毀」にある「彼も人なり予(われ)も人なり」なのだそうです。この後に「我何ぞ彼を畏れんや。」と続きます。
「彼」とは伝説の名君「舜」のこと。韓愈は、舜帝に並び立つことは難しいだろうが、彼も自分と同じ人間なのだから、彼にできて自分にできないはずがない、と考えました。一生懸命の努力はやがて叶うという考えです。

金八先生的解釈

ググって出てきたものは、ドラマ「3年B組金八先生」シリーズで受験シーズンになると出てくる言葉なのだそうです。つまり「彼も人なり、我も人なり」は、「周りが賢そうに見えたり落ちついて見えるが、みなも自分と同じ受験生なんだ。飲まれるな。」という解釈です。
ひいては、対人関係のアドバイスにも使われているようですね。偉い人に会ったり、人前でプレゼンしたりする時は緊張するが、同じ人間なんだから萎縮する必要はないんだという考えです。

うら的解釈

うらは、相手も自分と同じく人間なのだから、軽々しく対応せず丁寧にしよう、と解釈していました。
うらは、例え偉い人であろうと新人だろうと、年寄りだろうと幼児だろうと、キチンと丁寧に応対し、受け答えをしようと考えています。新人だろうと幼児だろうと、ちゃんと尊厳ある個人です。例え自分の子供であっても自分のものではありません。彼らも意志があるのです。
そんな人間同士がお互い尊重しあえば、関係も上手くいくはずです。一見さんだろうとお座なりの対応はあってはならず、一期一会として接するべきです。この意識が自分をより良く磨くと信じて、実践してきました。

それぞれの解釈

言葉として短く簡単なものなので、 どれが間違いというものではなく、こうした解釈のブレがあっても良いのではないでしょうか。シチュエーションに応じて使い分けられれば、言葉により深みが出るものと思います。

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