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おとなになるということ

大学を卒業して、社会人になって、
SNSは基本的に見る専門になってしまった。
昔はたくさん言葉を紡げたのに。
四季を感じたり、誰かとの出逢いや別れで
想いを文字にしていたはずなのに。

気付いたら出来なくて。
同じ毎日の繰り返しで。
でもその中でも色々な選択を繰り返して
気付けば「おとな」になってしまった。

私の創作活動の原点だった人、
小学校の担任の先生が亡くなった。
絵を描く人だった。詩が好きだった。
だから私も創作が好きになった。
まだお若かった。もうお話が出来ない事実を
信じられない自分がいる。
自分が手掛けてきた数々の作品で
飾られた葬儀場を見て、
創作から離れてしまっていた自分は、
やっぱり何かしたいのだと気付かされた。

真夏の暑い日。蝉がじりじり鳴いている。
お腹の調子が悪くベッドで寝転んでいると
ほんとにふと、
このnoteの存在を思い出した。
「アップデートが必要です」
「ログインが必要です」
やっと開けた先には待ち受けるのは
全然違うデザイン。懐かしい投稿。
今でも続けていらっしゃる方も多くいて
ほんとにすごいと思った。
卒業制作から、
更新が出来ておらず申し訳ないです。
素敵な音楽も作っていただき、
最高の創作活動が出来ましたこと
改めて心より御礼申し上げます。

***

noteでは、勝手に「ふゆ」さんという方の
存在を思い出す。私が投稿をしていない時も
何度か投稿を見させていただいていた。
いまいくつか読んでも、その言葉が
ほんとうに好きで、何故か妙に心地良くて、
心になめらかに滑り込んでくるような、
不思議な感覚に陥るのだった。

私より先に社会人でしたよね。
都会の真ん中で、知らない間に
すれ違ったりしているのでしょうか。

私にも分からないけど、
何故なのか思うのです。
どうか幸せであってほしい。
どうか日々が穏やかであってほしい。
と。ときおり、思い出すのです。

もしどこかでまた言葉を交わせたなら
ゆっくり、お話出来たら嬉しいです。
それまで私も、頑張らなきゃと思うのです。
何故かそう、思えるのです。

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