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【カルデア猫食堂】衛宮さんちの豚汁Ⅰ

 カルデアの食堂。かつて職員が虚しく保存食を貪っていたそこは、数多のサーヴァントの出現によって変貌を遂げた。あまりに貧しい食生活に憤慨した一部サーヴァントが厨房を占拠。否応無しに彼らの料理がふるまわれることとなったのだ。
 
 とはいえ、その日その時、誰がいるかは運次第。
 赤い弓兵は大当たり。マズイ飯など出るはずもなく。
 色々と大きな少女は修行中。味には期待できないが、固定ファンは多い模様。
 狂気のケモノはサブチーフ。料理の腕は確かだが……?
 
 
 深夜、食堂の扉の前に立つ。この時間なら無人だろうと期待したが、灯りが漏れている以上、誰かが仕込みでもしているのだろう。まあ、厨房にいるのが誰だろうとオレは構わない。あの赤い弓兵でさえなければ。
「おう、デミヤ」
「……チッ」
 前言撤回だ。獣の巣になった食堂など御免蒙る。
「まあまあまあまあ、一人で暇だったのだ。いよいよもって座るがよい」
 踵を返そうとした瞬間、強引に腕を掴まれ、カウンターに座らされる。クソッ、筋力B+め。
「さあ、座れ座れ! デミヤがここに来るとは珍しい! だが歓迎しよう! 普段ちゃんとご飯を食べているのか、キャットは心配していた故な!」
「サーヴァントの食事など気分の問題でしかないだろうが」
「その気分が大事なのだ。霊基の体なればなおさらな」
 抵抗を試みるが、両肩に乗せられた猫の手はびくともしない。もちろん本気を出せばやりようはあるだろうが、食堂の席に座らされただけで猫相手に大暴れしたというのは、俺でも気にするくらいには外聞が悪いというものだ。
 諦めて力を抜くと、タマモキャットは能天気な笑顔で注文を聞いてきた。
「ご注文は? 暇なのでデミヤの好きなものを作るぞ」
「ハハッ、好きな食い物だと? そんなもの覚えちゃいない。インスタントでいいから珈琲を寄越せ。すぐに」
 無駄に問答をするよりも、食堂ごっこに付き合ってさっさと終わらせる方が合理的だろう。
「ふーむ、珈琲だな? 任せるがよい」
 
 
 そして、インスタント珈琲を用意するには些か長すぎる時間を経過し、まさか焙煎からやってるんじゃないだろうなと疑い始めた頃、それは目の前に差し出された。
「…………おい、オレは珈琲と言ったな?」
「言ったとも。はっ⁉︎ もしやそれすら忘却を⁉︎」
「堂々とこんなものを出されれば誰だって自分の記憶を疑いたくもなるだろうさ! 何だこれは!」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれた! これこそは深夜に輝く対空腹宝具! ゴールデン夜食セットだワン!」
「ああそうかいお前と会話が出来ると思ったオレが愚かだったよ」
 目の前に差し出されたものは、沢庵を添えた大きな握り飯と具沢山の豚汁。そして熱い番茶。珈琲の姿はどこにもない。
「………」
「………」
「…………」
「…………」
「はあ……」
 睨み合うこと数十秒。観念してため息を吐き、握り飯を掴む。こいつとの問答は非合理的だ。頭痛が増えるだけで珈琲は結局出てこないという結末が目に見える。それにまあ、そもそも気分転換が目的だったのだ。腹に入れるのが何だろうと構いはしない。
 
 握り飯を頬張る。具は何もない。塩と海苔のシンプルな握り飯。
「……!」
 一口頬張って、思わずケモノの方を見てしまう。腹立たしい。「ふふん」と自慢気な視線を返された。全くもって腹立たしい。料理に限れば、確かにこいつの腕は一流だ。
 どうやってあの手で握るのかという疑問を投げ捨て(考えるだけ無駄に決まっている)、沢庵をつまむ。これも旨い。
「この沢庵はキャットが漬けたものだが、沢庵のバーサーカーにも好評の一品だゾ」
「沢庵の何だって?」
「沢庵大好き狼だ。壬生かどっかの」
「まさか新撰組の土方歳三のことか?」
「そうそう。巨乳が好きな」
「いや、それは知らんが」
「話したことないのか?」
「腹を切らされそうだから避けてる」
「にしし! 士道に背くものなデミヤは!」
「うるさい」
 今日は珍しくよく喋る、と自分でも思いつつ豚汁に手を伸ばす。
「お、遂に豚汁か? 今日の豚汁は赤いアーチャーのレシピを真似して作ったぞ。召し上がるがよい」
 赤いアーチャー。腐ってないエミヤじぶん。強いてその存在を思考から追い出し、豚汁を啜る。
「ん?」
 ひと口飲んだだけで丁寧に調理されたことが分かる。これを不味いという奴はいないだろう。だが、これは違う●●●●●
「んん」
 ふた口飲んで確信を持つ。これはエミヤのレシピとは違う●●●●●●●●●●●
「お前……これ本当に奴のレシピどおりか?」
「いや、あやつの調理を見て盗んだのだな。キャットの目キャッツアイに盗めぬもの無しだぞ!……のつもりなのだが」
 そう言うとタマモキャットは鍋に戻って味見をする。
「ふうむ、確かに何か違う。うぐぐ……」
 答えが出ないらしく、ケモノは頭を抱えてぐにゃぐにゃし始めた。だが、オレには分かる。何が違うのか。いや……知っている。
「どけ」
 解ける問題が目の前で解かれずにいるストレスに耐えかね、カウンターの向こうに踏み込む。
「おや、デミヤ厨房に入らずではなかったのか?」
「……黙って見ていろ。一度しかやらんぞ」
 そこらにあったエプロンをひっつかむ。
「いいか、まず……」

 
 時折解説を挟みながら、淀みなく手は動く。
「ここまではいい……か……?」
 ふと鍋から顔を上げて振り向くとタマモキャットがいない。視線を巡らせれば、いつのまにかカウンターの向こうに腰を下ろしたケモノが、頬杖をついて眩しそうな目でこちらを見ている。目が合うと、嬉しさを隠そうともせずに笑顔を見せた。
「なあんだ。しっかり覚えているではないかエミヤよ!」
「お、前、まさか、わざと……?」
「なーんのことだかサッパリだワン。そんなことより、キャットのキュートなお腹も空いてくる頃合い。ついでにおにぎりも作るがよい。ゴールデン夜食セットを所望する!」
「…………自分で作ればいいだろう…………」
「唐変木め! アタシはエミヤさんちのご飯が食べたいのだワン!」
「なんでさ……」
「食ーべーたーいー!」
 こいつとの問答は、全くもって、本当に、非合理的だ。
 だから仕方ない。
「……ふぅ、まったく、今日だけだぞ」
GOODキャット!」
 
 白米を手に取り、自分に出されたものより少し小さめに握っていく。豚汁ももうすぐ出来上がる。慣れた手付きだ。
 
「出来上がったら、デミヤも一緒に食べるのだぞー」
「いい加減にその呼び方をやめたら考えてやるよ」
 
 誰かのために食事を作る。誰かと一緒に食事をする。何故だろう。なんでか、妙に泣きたくなった。

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