見出し画像

【カルデア猫食堂】衛宮さんちの豚汁Ⅱ

 カルデアの食堂はシェフがたくさん。でも、その日その時、誰がいるかは運次第。
 赤い弓兵はお母さん。みんなが落ち着く家庭の味。
 小さな聖女は恋する乙女。背伸び夜更かし大人の階段。
 狂気のケモノはサブチーフ。料理の腕は確かだが……?
 
 
「呼ばれて飛び出てジャガーマ~ン!」
「げ」
「いえーい! カルデア猫食堂サンオクニンの読者のみんな! おーまーたーせー! みんなの声に応えてー……ついに! やって来ちゃったよーん!」
 深夜、どったんばったん足音響かせ、どかんと扉を開けたのは、カルデアに居座るもう一匹の猛獣、ジャガーマンであった。
「そこまでにしておくがよいジャガ村」
 食堂に入るなり頭が痛くなる文字列を吐き出すジャガーマンに、流石のタマモキャットも眉根を寄せて注意する。
「あっれえ? キャットちゃんだけ? おっかしいなー。エミヤ君の気配がしたのににゃー。私とキャットちゃんが二人きりだと困っちゃうわよね。だってほら、アタシたちってキャラ被ってるじゃない?」
「いや、実のところ全然被ってないのである」
 実に心外だと眉間の皺を深くするタマモキャットだが、ジャガーマンが意に介する様子は欠片もない。
「あーあー。エミヤ君のごはんが食べられると思ったのにニャー。ねーちょっとキャットちゃん。エミヤ君呼んできてよー。アタシ、エミヤ君のごはんが食べたーい」
 バーサーカーも形無しの自由奔放な振る舞いに、流石のタマモキャットもため息をひとつ。
「あー……ここにエミヤが作り置いた豚汁が」
「それだー! そいつを寄越せー!」
 
 
「あー、これこれ。落ち着くわ~」
 先ほどまでの大暴れが嘘のように、ジャガーマンはのんびり豚汁を啜る。
「美味いか?」
「美味しいわよー。生贄もいいけど、私はこうして、のんびりエミヤ君のごはんを食べてるのがサイコーに幸せなの。なんか懐かしいのよね」
「実はキャットが作ったものかもしれぬぞ?」
「あはは〜。それは絶対ないわね。これは間違いなくエミヤくんが作ったものよ。私が言うんだから間違いないわ」
 軽い調子だが、ジャガーマンは即座に、確信を持って否定した。
 それを聞いたタマモキャットは、納得したような満足したような顔で頷いている。
「なるほど。流石のキャットの腕前も、積み上げた思い出には白旗なのだワン」
「うわ何この猫すげえいいこと言う! おかわり!」
 
 
 結局、ジャガーマンが満足するまでに、鍋の豚汁は半分になった。
「ご馳走様! お腹いっぱい幸せだニャ! よーし寝るぜ!」
「夜だぞ。静かに帰るのだぞ」
「まかせてまかせてジャガーはそういうのチョー得意」
 全く信用ならない言葉を吐きつつ席を立つジャガーマン。ご機嫌な足取りで出口へ向かうと、扉の前で立ち止まり、振り返る。
「あのね、キャットちゃん……。キャットちゃんはいつも食堂にいるじゃない? だから、エミヤ君によろしくね。それと……エミヤ君を、よろしくね」
 静かな、大人びた声でそう言い残すと、ジャガーマンは今度こそ扉の向こう、夜の闇にするりと静かに消えていった。
 
 
「よろしく、か。あれは気付いておったな。油断ならぬ」
 閉じた扉を暫し見つめ、タマモキャットは足元に声を向ける。
「それはさておき褒めてもらえて良かったなあデミヤ!」
「……」
「デミヤ?」
「……」
 カウンターの裏では、エミヤ・オルタがうずくまっていた。顔を伏せているため表情は伺えない。
 タマモキャットは無言で隣に腰を下ろすと、エミヤ・オルタの頭部をその柔らかな肉球で撫でる。普段なら即座に跳ね除けるはずの男が、今は抵抗の素振りも見せずに撫でられ続けていた。
 
 
 時計の針が少しばかり進み、エミヤ・オルタはようやく頭上の肉球を払い、立ち上がる。
「泣いてない」
 唐突に投げられた一言に、タマモキャットは目をぱちくりさせてエミヤ・オルタを見つめる。そして、スカートの後ろをぱたぱたと払いつつ立ち上がった。
「まあ、オトコノコはそれで良い。皆には黙っておいてやる故安心するが良いぞ」
「……」
「デミヤの作った豚汁、ジャガーに褒めてもらえて良かったな! キャットも嬉しいワン!」
 改めて言葉にされ、エミヤ・オルタの押さえ込んだ動揺が顔を出す。
「そ、んなことはどうでもいい。どうでもいい……が……そうだな。あの人が美味いと言うのなら……俺の記憶もまだ多少は当てになるのかもしれんな」
「くふふ!」
「……何がおかしい」
「今日のデミヤは全部おかしい」
「……」
「だがそれで良い。料理、これからもするのだぞ」
 タマモキャットがエミヤ・オルタの目を真っ直ぐに見つめる。
「オレは……もうボロボロに磨り減っている。料理のこともどんどん忘れていく。今日はたまたま上手くいっただけで」
「……」
 タマモキャットは目を逸らさない。
「……」
「……」
「……あまりにボロでは仕事ができんからな。料理もリハビリにはいいかも知れん」
 先に目を逸らした方が負け。
GOODキャット! サポートはアタシに任せるが良い!」
「ああ、頼む」
「おおっ⁉︎ デレ期か⁉︎ 頭大丈夫か⁉︎」
「こいつ……! その方が合理的というだけだ!」
 
 
 
 なんで俺がこのおかしな猫に振り回されてしまうのか分かった気がする。
 似ているのだ。自由奔放でやりたい放題の癖に、ちゃんと周りを見ていて、いつの間にか皆を笑顔にしてしまうあの人に。

「ところで、お前とジャガーマンのキャラが被ってるという話だが、その点については俺も同意するね」
「にゃんだと⁉︎ あの大暴れジャガーと⁉︎ キャットは万能メイド猫娘だぞ⁉︎」

 
 さあて、何を作ろうか。虫食いだらけの記憶を引っ掻き回し、レシピの欠片を探し出す。ほんの少ししか見つからなくとも、なに、何とかなるだろう。なんせ猫の手を二本も借りるのだから。

物理書籍(note掲載分+9話)通販中

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?