「仲間」なんてフィクションの中の幻だけだと思ってた

嵐のことを書こうと思っていたら、ちょうどいいハッシュタグが出現しましたな。1日おいて、ワイドショーなども多少見てから書こう、と何となく考えていたのですが、ちょうどいい判断だった。やっぱり直感に従うのがいちばん正しいなあ。


第一報はサンデーステーションでアナウンサーが読み上げた速報だったでしょうか。私が知った第一報は、です。ここ数年ジャニーズアイドルの引退や解散が相次いでいたので、ついに嵐まで、とかなり驚きました。一体何があったのだろうか、とファンでなくても動揺しましたよ。いや、動揺するでしょ。

チャンネルを変えて、プライムニュース。ここで読み上げられたメンバーのコメントを聞いて、これはもしかしたらこれまでの休止や引退とは少し毛色が違うかもしれない、と思いました。それぞれのコメントからは、憎しみややりきれなさのようなものがあまり感じられなかった。それどころか、とても優しかったから。


会見の様子はMr.サンデーで見ました。翌日になって朝の報道番組や昼のワイドショーでも何度も流れたので、もちろん全部ではないですが見ました。

会見と聞くと、どうしてもSMAPやTOKIOのことを思い出してしまう。見ていてつらかった。
SMAPの解散は正直嵐以上の衝撃で、会見や最後のスマスマを見ながら「本当にそれでいいの?」と思ってしまった。きっとこの決断に至ったのは仕方がないことだったのだろうけど、外野の我々に何も言う権利はないけれど、それでも納得の上でではないんじゃないだろうか、と彼らの雰囲気から勝手に考えてしまった。
私の年代ではアイドルと言えばSMAPで、もはやそこに居るのが当たり前だった。慎吾と剛が二人でいいともに出てた頃だって覚えてる。メンバーが5人で旅をしている番組(スマスマだったっけ)には爆笑してしまって、いい仲間なんだろうと思ってた。だから、何で?としか言葉が出てこなかった。こんな形で、こんなどうしようもなくバラバラになって、あの時代を駆け抜けてきたSMAPに、終わって欲しくなかった。

SMAPやTOKIOのことを悪く言いたいんじゃない、そこは誤解しないで欲しい。当たり前だったものが、当たり前にキラキラしていたものが突然失われてしまったショックが、あれだけの人々でさえ、そこに至るまで誰にもどうにもできなかったというショックが、とにかく大きかったのである。
また同じショックを味わうのかと思うと、会見と聞いた段階ではやはり気が重かった。


でも、嵐の会見はそれらの記憶を払拭するような、ファンでない人までファンにしてしまうような会見だった。関係者のことも、ファンのことも、グループのことも、グループのそれぞれのメンバーのことも最大限にまで考えて配慮して決断したことが、伝わってくる会見だった。

この日本で美徳とされるものに協調性がある。個人を犠牲にしてでもチームを、組織を、仕事を尊重しろという風潮。その精神に従えば、嵐は休止の決断を下すことはできなかったはずだ。
でも、彼らは個人を尊重した。個人の意思を尊重した。チームを壊さないためにも、個人を尊重することに決めた。
本当はグループ活動を続けたいんだろう、という気持ちも伺えた。決断を下すまでには、きっと葛藤や苦悩もあっただろう。それでも、チームも、個人も大切にできる方法を、彼らは選んだ。

これが、これがトップクラスのアイドルにできるなんて。一般的な個人より遥かに様々な制約があるであろうトップアイドルの彼らに。
世間から見れば名のある組織にだって、これができないところは掃いて捨てるほどあるだろうに。いや、そんな組織ほとんど無いかもしれない。個人の単位でだって、個人の意思を大切に守れない人間なんて考えるのも嫌になるほどいる。

もちろん、長年の付き合いであることやお互いの相性がいいのであろうということなども深く関わっているだろうけど、それにしてもだ。

個人の意思を尊重しつつも、決してほかのメンバーも無理をしていない。憎しみ合うわけでもグループを嫌いになったわけでもない、その逆なのが伝わってくる。

なんて優しい人たちなんだろう。なんて真摯な人たちなんだろう。
なんて素晴らしいグループなんだろう。

感動してしまった。あまりに深い友情のような愛情のような絆に、涙が止まらなくなってしまった。会ったこともない、この先一生会うこともない雲の上の人たちの温かさが、テレビの画面を通して溢れ出してきた。こんなに温かくて優しいものが、まだこの世界にあったなんて。


全員が心から納得しての結果だと言い切れるものではないのかもしれない。当然納得のいかないファンや関係者だっているだろう。きっとショックを受けている人も大勢いるだろう。嵐に関しては基礎的な知識しか持たない一般視聴者の私でも動揺したのに。
ちょっと記憶を動員しただけでも、メンバーそれぞれのファンをかつての知り合いの中に思い出せるくらいファンの多いグループである。色々な声がきっとあるだろう。
でも、ここまで考えて行動してくれているのに、それを受け止めないわけにはいかないだろうとも思うのだ。

ファンあっての職業や表現の場合は、いくら個人の意思が最優先とは言え、ファンの想いや関係者への迷惑を何も考えぬまま、それらに対する配慮を何もなさぬまま舞台から去ることは、それでも好きだと言ってかばってくれるファンへの甘えと言われても仕方ないのだろうと思う。ファンが、観客がいなければ、彼らは存在できないのに。そのことは、思うことがあって少し厳しい目で見ている。だからって誰かを嫌いになったりすることはないけれど。色々事情もあるのだろうし。

そう考えると、決してファンをないがしろにしない形を取ろうとしている彼らの想いを、受け止めないわけにはいかないだろうと思ってしまうのである。

この判断を下すにあたり、ここ数年多かった同じ事務所のグループの解散などのことも頭にあったのかな、と少し思った。たとえば、SMAPに「置いていかれてしまった」ファンが、心の持って行き場もないまま悲しみ続ける様子は、特にファンでもない私が見ていても胸が痛かった。きっとSMAPだってこのままでいいと思ったわけではないと思う。きっとどうにもならない事情があったんだろう。
この度のことは、これまでのいろいろなケースについても受け止めて、同じことにならないよう考え抜いた結果なんだろうと思ったし、これがいろんな人の気持ちも動かしたり救ったりすることに繋がったらいい、なんて思った。勝手な意見でごめんなさい。


発表があの日だったのは、天赦日という、縁起がいいとされているらしい1日だったからかもしれない。タッキー&翼の解散発表も天赦日だったはずである。やはり縁起を担ぐものなんだな、と意外にも思ったし納得もした。

兄弟がジャニーズのファンで、嵐のデビューシングル買ってたのは覚えてる。特典ポスターが付いてくるって喜んでた記憶がうっすらと。グループ名は本当に嵐でいいのか?もっとかっこいい名前じゃなくていいのか?なんて勝手に心配していたが完全に余計なお世話だった。あの少年たちはこんな素晴らしい大人になったのか…。

再開することのないまま終わる可能性だってもちろんある。でも、戻ってくるかもしれないと希望も持たせてくれている。決してその場しのぎの慰めでなしに、心からの思いで。

嵐のファンの皆さんは誇っていいと思う、皆さんはきっと本当に幸せな出会いを果たしたんだ。こんな素敵な人たちを好きだと思えたのだから。

不覚にも私がギャン泣きしてしまったのは、私がめちゃくちゃ疲れてて孤独で病んでるからかもしれないけど、てかその可能性高いけど、でもやっぱり、あの画面から溢れてきた優しさは、嘘じゃないように思うのである。


…再始動の暁には伝説のスケスケ衣装でお願いします!(笑)



はてなブログも毎日更新中。現在はほぼフィギュアスケートのブログ。平昌のオリンピックの際に櫻井君に写真をお願いしていた羽生君も、きっとびっくりしたのだろうなあ…。
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