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ブロフェス2019、行ってきたよニ。

セッション1 登壇者:jMathuzaki

登壇者のjMathuzakiさんはブロフェスのためにわざわざドイツから馬を走らせやってきたらしい。

セッションの説明欄には「イベントをバーニングさせる」と書いてある。

どういう意味だろうか。

登壇を聞き終わったあとの私の彼に対する印象は「合理性と芸術性が合わさったアーティスト」だった。

彼はセッション開始の33秒間、沈黙した。

ジョン・ケイジという音楽家を紹介するためだ。

彼はあえて沈黙することでその場にいる観客の心にフックをかけたのだ。

私は営業マンなので、沈黙の恐ろしさをよく知っている。

他者を前にしたときの沈黙は意外と耐えるのが難しい。

気がつくとつい余計なことを口走ってしまう。

ましてやそれが制限時間のあるプレゼンテーションの場なら尚更だ。

彼はそれを軽々とやってのけた。

相当な舞台度胸と緻密に計算された時間管理能力がないと出来ないことだ。

そんな沈黙から始まった彼の講演は、確かに私達をバーニングさせたのであった。

Ⅰ 夢を諦めてまでやらなきゃいけないことは何もない

jMathuzakiさんがまだサラリーマンだった頃、彼は日々こんなことを考えていた。

音楽家になりたい

そのためには多くの支援者が必要だ

好き勝手やって支援者が増えるとは思えない

かといって支援者を増やすために媚びを売るのはイヤだ

やっぱり、夢を追うのはやめようか

彼はこの思考プロセスを明確に否定している。

Ⅱ ただ自分のために

夢を諦めず、かつ媚びを売らずに生きていくにはどうしたらいいか。

そこで彼はインサイドアウト型のブログを書くことを提唱している。

インサイドアウト型とは自分の心にあるモノを外に発信していくこと。

そのブログとは即ち、ひたすらに自分のためだけにブログを書くということだ。

Ⅲ 自分のためだけにブログを書くとどうなるか

自分のためのブログはインプットを深めることができる。

ブログによって注目されているという意識が行動の質をあげる。

内から出てくるものは教えたくなる。

だから「教わる」のではなく「教える」という意識が芽生え、思考レベルがあがっていく。

また、ブログに書いた分野の情報は自然と集まるようになり、より専門性が強い知識を獲得することができる。

Ⅳ インサイドアウト型ブログの書き方

体験したことを日記にしてそれを記事にすればいい。

刺激がある限りネタが尽きる事はないと彼は言う。

ネタが尽きたと感じたら、それは面白がっていないからだ。

なんでも面白がればネタになる。

ブログは著者の最前線で起きているドキュメンタリーなのだ。

Ⅴ ユーザーが求めているもの

ユーザーは広告を信用していない。

彼らが求めているのは「人間的で赤裸々な情報を求めている」のだとjMathuzakiさんは語った。

故に、自分のためだけに書いた個人ブログの逆説が起こるのだという。

彼が言うには、自分のために書けば書くほど人のためになるのだそうだ。

私はこの発言に人間性心理学のアブラハム・マズローが提唱したシナジーの概念に通じるものがあると感じた。

シナジーとは利己主義的行為が必然的に他人や社会を助けることにつながり、また、他者を助けようとする利他的行為が必然的に自分自身にも利益をもたらす状況を指す。

jMathuzakiさんが言うにはユーザーは作品の奥にある作者の態度を視ているという。

人は説得される内容よりも模範となる態度に共感する。

つまり、抽象的な情報よりも具体的な物語に惹かれるということだ。

ドキュメンタリーとなるインサイドアウトの自分だけのブログは「あなただからという理由で記事を読んでもらえる」という魅力があるのだ。

Ⅵ 成功とはなにか

彼は、成功とは自走する自転車のことだという。

最初は重いペダルもこぎ続ければ軽くなっていく。

その軽くなる瞬間がいつになるかは誰にも分からない。

ただひたすらにこぎ続けた人だけが「成功している人」という評価になる。ということなんだと思う。

↓jMathuzakiさんのブログ↓
楽しいことを仕事にしていくドキュメンタリーブログ


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クズのムササビ(suzuki)

跳べないボクはただのリス。空調エンジニアとWebライター。2つの軸で独立しようとジタバタしています。

ブロフェス2019

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