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鎌倉 パーラー扉のオムライス

鎌倉の街で出会ったオムライスは、見たこともないような素敵なオムライスだった。

旅とグルメ

旅が好きで、美味しいものが好きだ。
そのふたつを組み合わせたならもう最高だ。

楽しい旅に出て、その場所でしか味わえないものを食べる。なんと幸せなことだろう。

スーパーやデパートで各地の名産品は手に入るが、現地でしか味わえないものの方が圧倒的に多い。

例えば、レシピがあれば同じように作ることはできるかもしれない。
しかしその土地の風景、その場所の空気やそこに行き交う人々の雰囲気の中で経験した味わいは、決して再現できないのだ。

そんな旅先の食べ物の記憶のひとつに、忘れられないオムライスがある。
今はもう閉店してしまった、鎌倉の「パーラー扉」のオムライスだ。

扉のないオムライス

初めて鎌倉を訪れたのは今から10年以上前、20代後半の頃。
その頃懇意にしていた神奈川の絵描き仲間が鎌倉を案内してくれたのだ。

神奈川といえば横浜くらいしか思い浮かばなかった私は、鎌倉の情緒ある美しい街並みに魅了された。
京都や奈良に近いけれど、関西の空気とはなにかが違う。初めての街に何もかもが目新しかった。

午後に鎌倉に到着して、まずランチへ寄ったのがパーラー扉だった。

お店の名物というオムライスは、メニューの中でもひときわ印象的だ。
調理に時間を要すると注意書きがあったが、迷わずそのオムライスを注文した。

日常を離れた旅先なら、ゆったりと料理を待つ時間さえ贅沢だ。

しばらくしてオムライスが運ばれてきた。
お皿の上には高さ7~8センチほどの円柱型の卵焼きが乗っている。ライスの姿はない。

何とも不思議で愛らしい見た目だが、私の知っているオムライスとは似て非なるもの。
どこから手を付けるか迷うほど、完成されたフォルム。
お店の名前は扉だが、その卵は扉のない建物のようだ。

ひとしきり眺めたあと、スプーンで卵をすくう。

ひとかけら食べても、まだライスの姿見えず。
オムライスを注文したのにライスがなかったら驚いて、店員さんにどういう風に訴えようか思考を巡らせると思うが、その寸前の心境だ。

もう少し奥までスプーンを進めると、ついにライスが姿を現す。

「こんな奥にいらっしゃいましたか」と、小さな感動がある。

鉱山を掘り進めて、貴重な鉱物に出会ったことがある人なら、きっと共感してくれると思う。

なんて楽しい、なんて素敵なオムライス。
素朴な卵の味とやさしいケチャップライスがクリームソースでひとつになる。

美味しい。

丁寧に作られた料理がもたらす幸福に、無言で浸るひと時だ。

食べ終わってお店を出たあと、鎌倉を観光している間も続いた幸せな余韻を、昨日のことのように思い出す。

思い出はいつまでも

それからも度々、あのオムライスが頭に浮かんだ。
もう一度、食べたい。何度もそう思った。

しかしその後、私が勤める会社が倒産の危機に立ち、そこから数年間にわたる激務によって心身共にすり減った私は、いつしかその絵描き仲間とも疎遠になってしまい、今ではもう連絡先さえも分からない。

鎌倉のパーラー扉も2017年頃に閉店したらしく、もう同じ場所で同じ味を食べることは二度とない。

どんなに美しく芸術的な料理も、食べてしまえば目の前から消えてしまう。
どんなに素晴らしい時間や空間も、やがて思い出の中だけのものとなっていく。

それは寂しいことだけど、その思い出はいつまでも心を満たす。その思い出が、今の自分を作っている。

素晴らしい料理と、それを一緒に食べた人との素晴らしい思い出は、これからもずっと忘れないだろう。


オリジナルのイラストや写真と共に、旅やグルメについて語ります。サポートしたいと思えるようなコンテンツを生み出せるよう、コツコツ楽しみたいと思います。