デザインド・アライバル

 産めよ増やせよ地に満ちよと主は人間にお命じになったが、そこへ行くと我がバルガス家はその命令を忠実に実行していた、ということになる。
 基本的に、魔術師には膨大な時間が必要だ。学び、実践し、死ぬまでに次の世代に引き継ぎ、なにがしか己の業績を遺す。基本的にはこの繰り返し。各々の寿命が、50年か500年かの違いがあるにせよだ。
 魔術の世界は広大で、錬金術ほどではなくとも寓意と比喩に満ちており、繙くのにも時間がかかる。才能がなければ自分が学ぶだけでも精いっぱいというやつはいるし、俺のように放り投げて──投げ切れていないが──好きな道をゆく者もいる。
 そうなったら大変だ。たった一人の跡継ぎが連綿と続いてきた大業を棄ててしまったら、すべてがそこで途絶えてしまう。魔術師は基本的に偏屈で内向的で湿った連中で身内しか信用しないので、奇特な奴が研究を引き継ぎでもしない限り、全てはそこでおしまいだった。
 だった、というのは、今は事情が違うということだ。
 ここ数百年で魔術師同士の交流や連携は急激に進んだ。文書がまとめられ、資料が整備され、大学が立ち上げられ、学会までもが形成されて、こんにちにいたるまでつつがなく運用されている。
 それらはすべて魔術を識らないものに対しては秘匿され、門戸は狭めてあるわけだが、ちょっと大きい大学の図書館なんかに行ってみると、どこかに誰も立ち入れない閉架があって、そこに魔術の書が並べられている。魔術に近しいものだけが、そこへ辿り着けるという寸法だ。
 しかし、業界がそのように変貌を遂げているころには、俺たちの先祖は世界中に広がり切っていた。それが、バルガス家の選んだ《到達者》となるための道だった。
 多くの魔術師が嫌う血の薄まりを、ある理由からかれらは厭わなかった、というのがひとつ大きな原動力となる。バルガス家は身内をひたすら増やし、築き上げてきた魔術の業が途絶えないようにし、なお発展させていった。
 今や一族のいる国は百に上り、それぞれが土地に根を下ろし、魔術の徒として活動を続けている。
 ──ただ、まあ、リスクヘッジにも限度がある。
 バルガスの血は広がった。広がりすぎた。広がりきって…血筋以外のさまざまが…薄く延ばされ、歴史の中で深く掘り下げられてきた魔術の秘奥を完全に伝えているものは、もはや数えるほどしかいなくなっている。魔術師それ自体を辞めてしまったものも多い。受け継いだ技術を生活のために売り払うものさえ出てくる始末だ。
 血を絶やさない、という意味で言えば、確かにバルガス家は成功した。だが、重要なのは己の家の魔術を正しい形で後代に引き継げたかのほうだ。バルガスの血筋から《到達者》が出たという話は未だ聞かない。
 さて、我がグラナダ・バルガス家は、血族が無数に増えていくことにいち早く危機感を覚えた家のひとつだ。
 かつては新大陸にも一族を送り込んでいたかれらではあったが、ある時からグラナダに引っ込んで、家族をやみくもに増やすことはしなくなった。
 大学の講師として招かれては魔術を教え、身内以外の後進の育成も行う一方で、子供のデザインに心血を注いだ。
 デザイン。それが、血の希薄を嫌忌しない理由だ。
 バルガスは魔術師を計画し、設計し、意匠し、製作し、調整し、これをもって魔術の秘奥を与える後代の術者とする。塩が塩気を失った時、何者が塩味をつけられるだろう? 俺たちの先祖は、自分たちの手で子供を魔法使いとしてきた。デザインされた子供は、さらにその子供をデザインする。さらにその子供も、手ずからデザインされた完璧な魔術師となる。血筋を選んで魔術師同士で婚姻するよりもずっと効率的で、なおかつ確実な方法だ。
 かれらが頭の中までデザインしようとしなかったのは英断だった。もちろん、頭の中を弄られ、余計なものを断ち落とされ削ぎ落とされた人格から、到達者など生まれようがないということを重々知っていたのだろう。素晴らしい。だから俺はここにいて、探偵稼業をやれているというわけ。他者を支配したいという欲望に彼らの理性が勝ったことに感謝しているよ。そうだろ?

http://irahara.sakura.ne.jp/da/

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