サーカス小屋で馬車馬のように働いてみた
あれは今から10年以上も昔の話。
ぼくがまだ、23歳くらいの頃だったと思う。
当時の自分は、工場で化学薬品を扱う仕事をしていた。
しかし、リーマンショックの影響で200人一斉解雇となり、ぼくもその一人に入ってしまった。
「次の仕事を何にしよう………」
失業給付金を貰いながら、漠然とした不安を感じていた。
色々と求人誌を見ると、とある一件の募集が目に留まった。
「サーカス小屋建設の人材募集」
世界的に有名なサーカス団が、ぼくが住んでいる地域に期間限定でやってくるらしい。そのサーカス小屋の建設をする人材を探してるとのことだ。
なんとなく面白そうだ、こんな経験は滅多にやってこないだろうと思ったぼくは、迷わず応募した。
数日後の面接で、ぼくは応募したのを後悔した。
面接担当のサーカス団長が、鬼のように恐ろしかったのだ。
「やる気のないやつは帰れ!」
覇気のない応募者は、次々と怒鳴り散らされていた。
ぼくは運よく(?)、団長から怒鳴られることはなかった。
そして、その場で採用された。
帰り道、歳上の青年がぼくに話しかけてきた。彼も合格者の一人だった。
「君さ、こういう仕事初めて? オレ、高橋。世界一周してるから、こういう仕事、わりと慣れっこなんだよね。きつい仕事かもしれないけど、最後まで一緒に頑張ろうぜ!」
馴れ馴れしいやつだと思う反面、ぼくを気遣ってくれた優しさが心地よくもあった。
◆
数日後。
朝8時くらいに現地集合した。
だだっ広い更地には、搬送用の大きなトラックが数台止まっていた。
人が集まっている方向に進んでみると、そこにはぼくと同じバイト生が群がっていた。その中には、高橋もいた。
バイト生は全部で20名くらいだったろうか。
「よし、お前ら!列を作れ!そして、これをつけろ!」
団長の大きな声とともに、朝礼が始まった。
配られたのは、ゼッケンだった。学校とかでサッカーやバスケットボールをするときに使う、あのゼッケンだ。
「今日から最終日まで、お前らのことは、そのゼッケンの色と名前で呼ぶ!呼ばれたら元気よく返事しろよ!」
囚人かよ!
思わずツッコミを入れそうになったが、団長が怖いのでやめた。
朝礼を終えると共にゼッケンを装着し、ぼくらは一班5名ずつに別れた。
高橋は赤チームに配属された。ぼくとは別のチームだ。
赤チーム、青チーム、緑チーム、黄チームの4班は、班毎に持ち場が違った。
ぼくの黄チームは、大きな鉄柱(一本あたり10メートルくらい)の建設など肉体労働系の仕事が多かった。
また、5月頃だったので、日中とにかく暑くてへばりそうだった。
「早く家に帰って、エアコンの風にあたりたい………」
「ビール飲みたい………」
そんなことばかり考えながら、ぼくはコンクリートに釘打ちをする作業をしていた。
コンクリートが固く、釘がなかなか刺さらない。金槌で指先を叩くのも嫌だし、色々と思うようにいかなかった。
「おい、そこの黄色の2番!作業が遅いぞ!もっとテキパキやれ!」
団長の怒鳴り声が鳴り響いた。
(ん? 黄色の2番?)
パッと自分の胸元を見ると、黄色のゼッケンの上に「2」と書かれていた。
ぼくじゃん!黄色の2番!
「すみません………なかなか釘が刺さらなくて」
「言い訳するな! さっさと打て!」
団長の叱咤にビビりながら、釘を打ち続けた。
しかし、打てども打てども釘が刺さらない。
泣きそうになっていたぼくを、団長の息子さんが助けてくれた。
「ありがとうございます」
ただただ感謝するしかなかった。
◆
一日を終え、体はヘトヘトだった。
おまけに、団長からも叱られたし、メンタル的にも参っていた。
「はぁ………あと一週間もあるのか」
憂鬱な気持ちになりながらも、ぼくはバイクに鍵を差し込んだ。そのまま鍵を捻って、エンジンをかける。
「おー、おつかれ!」
声がした方に振り向くと、高橋がいた。
「今日は色々と大変だったけど、あんま気にすんなよな! 明日からもまた頑張ろうぜ!」
爽やかな笑顔で、彼はぼくを労ってくれた。
さすが、世界一周の経験者。彼からは『余裕』が感じられた。
◆
翌日、昨日と同じ配置につき、朝礼が始まった。
みんなカラーゼッケンを身につけている。
団長の号令と共に、点呼が始まった。
しかし、なにやら様子がおかしい。
ふと周りを見渡してみると、赤チームだけ一人足りていなかった。
昨日までそこに居たあの人だけが、今日はいなかった。
高橋。
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