サーカス小屋で馬車馬のように働いてみた

あれは今から10年以上も昔の話。

ぼくがまだ、23歳くらいの頃だったと思う。

当時の自分は、工場で化学薬品を扱う仕事をしていた。

しかし、リーマンショックの影響で200人一斉解雇となり、ぼくもその一人に入ってしまった。

「次の仕事を何にしよう………」

失業給付金を貰いながら、漠然とした不安を感じていた。

色々と求人誌を見ると、とある一件の募集が目に留まった。

「サーカス小屋建設の人材募集」

世界的に有名なサーカス団が、ぼくが住んでいる地域に期間限定でやってくるらしい。そのサーカス小屋の建設をする人材を探してるとのことだ。

なんとなく面白そうだ、こんな経験は滅多にやってこないだろうと思ったぼくは、迷わず応募した。

数日後の面接で、ぼくは応募したのを後悔した。

面接担当のサーカス団長が、鬼のように恐ろしかったのだ。

「やる気のないやつは帰れ!」

覇気のない応募者は、次々と怒鳴り散らされていた。

ぼくは運よく(?)、団長から怒鳴られることはなかった。

そして、その場で採用された。

帰り道、歳上の青年がぼくに話しかけてきた。彼も合格者の一人だった。

「君さ、こういう仕事初めて? オレ、高橋。世界一周してるから、こういう仕事、わりと慣れっこなんだよね。きつい仕事かもしれないけど、最後まで一緒に頑張ろうぜ!」

馴れ馴れしいやつだと思う反面、ぼくを気遣ってくれた優しさが心地よくもあった。

数日後。

朝8時くらいに現地集合した。

だだっ広い更地には、搬送用の大きなトラックが数台止まっていた。

人が集まっている方向に進んでみると、そこにはぼくと同じバイト生が群がっていた。その中には、高橋もいた。

バイト生は全部で20名くらいだったろうか。

「よし、お前ら!列を作れ!そして、これをつけろ!」

団長の大きな声とともに、朝礼が始まった。

配られたのは、ゼッケンだった。学校とかでサッカーやバスケットボールをするときに使う、あのゼッケンだ。

「今日から最終日まで、お前らのことは、そのゼッケンの色と名前で呼ぶ!呼ばれたら元気よく返事しろよ!」

囚人かよ!

思わずツッコミを入れそうになったが、団長が怖いのでやめた。

朝礼を終えると共にゼッケンを装着し、ぼくらは一班5名ずつに別れた。

高橋は赤チームに配属された。ぼくとは別のチームだ。

赤チーム、青チーム、緑チーム、黄チームの4班は、班毎に持ち場が違った。

ぼくの黄チームは、大きな鉄柱(一本あたり10メートルくらい)の建設など肉体労働系の仕事が多かった。

また、5月頃だったので、日中とにかく暑くてへばりそうだった。

「早く家に帰って、エアコンの風にあたりたい………」

「ビール飲みたい………」

そんなことばかり考えながら、ぼくはコンクリートに釘打ちをする作業をしていた。

コンクリートが固く、釘がなかなか刺さらない。金槌で指先を叩くのも嫌だし、色々と思うようにいかなかった。

「おい、そこの黄色の2番!作業が遅いぞ!もっとテキパキやれ!」

団長の怒鳴り声が鳴り響いた。

(ん? 黄色の2番?)

パッと自分の胸元を見ると、黄色のゼッケンの上に「2」と書かれていた。

ぼくじゃん!黄色の2番!

「すみません………なかなか釘が刺さらなくて」

「言い訳するな! さっさと打て!」

団長の叱咤にビビりながら、釘を打ち続けた。

しかし、打てども打てども釘が刺さらない。

泣きそうになっていたぼくを、団長の息子さんが助けてくれた。

「ありがとうございます」

ただただ感謝するしかなかった。

一日を終え、体はヘトヘトだった。

おまけに、団長からも叱られたし、メンタル的にも参っていた。

「はぁ………あと一週間もあるのか」

憂鬱な気持ちになりながらも、ぼくはバイクに鍵を差し込んだ。そのまま鍵を捻って、エンジンをかける。

「おー、おつかれ!」

声がした方に振り向くと、高橋がいた。

「今日は色々と大変だったけど、あんま気にすんなよな! 明日からもまた頑張ろうぜ!」

爽やかな笑顔で、彼はぼくを労ってくれた。

さすが、世界一周の経験者。彼からは『余裕』が感じられた。

翌日、昨日と同じ配置につき、朝礼が始まった。

みんなカラーゼッケンを身につけている。

団長の号令と共に、点呼が始まった。

しかし、なにやら様子がおかしい。

ふと周りを見渡してみると、赤チームだけ一人足りていなかった。

昨日までそこに居たあの人だけが、今日はいなかった。

高橋。

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