見出し画像

無機質な無機を無機無機していると

9/9 月曜日
酒に3日間も手を出してない、えらい!
そして☒☒☒がすべてをぶち壊し、☒☒☒の勢いで☒☒☒を買い、また夜が来た。旅が始まればインターネットはここまで!とツイートして携帯を置く。
部屋の奥、壁ぎわの二段ベッドの下段が俺の寝床で、仰向けに横たわると上段の簀子がむき出しになって見える。夜、明かりを消して眠くなるのを待っている時、両足を持ち上げて簀子の基板に指を掛け、上下に往復していると「地獄のはしご」というイメージが湧いてきた。地獄は冷たいコンクリートの床だけが広がる空間で、そこにこの頼りない簀子がはしごのように、垂直にどこまでも伸びているのだ。芥川龍之介が描いた、「蜘蛛の糸」の取るに足らない二番煎じである。掴んで昇るには心もとない簀子だけが、その退屈な空間を抜け出す唯一の手段なのだ。見上げると上空だけはかすかに明るいが、昇ったところで出口があるかは分からない。

今、はしごを降りて布団を被り、数十分のうちに夢か幻覚か分からない映像を観た。俺はその日、人生で持ち合わせた運を全て使い果たして死ぬらしいのだ。都心の高層ビルの屋上に、左右に回転する円盤状の絶叫マシンがあり、俺は今からそこに乗り込もうとしている。その絶叫マシンには前にも乗ったらしい記憶があり、前回もそうしたように、安全装置を下ろさないまま両手を挙げてスリルを楽しもうとしている。びっくりするような危機管理能力の無さである。
マシンが回り始めてほんの数秒後、手を挙げた俺は案の定、一瞬で空中に放り出される。眼下に遠い街並みが広がり、(あ、俺本当に死ぬんだ)とようやく気づく。俺は頭から真っ逆さまに地面に落ちてゆくが、反対に着地点を中心として、地面がぐんぐん遠ざかり始める。あたかも地面の向こうから、誰かがつまんで引っ張っているかのようだ。何それ、何だそれと怯える俺は、そのまま引っ張られて点になった着地点に吸い込まれた。直後はじけたような凄まじい衝撃が走り、気づくと全く違う場所の床に倒れていた。
そこは見知らぬショッピングモールだった。平日で店は営業しているようだが、なぜか見渡す限り人が見えない。ここはどこで、さっきの衝撃は何だったのかと謎が尽きず、ぼんやりしていると遠くからたくさんの足音が聞こえてきた。目を凝らして見ると、警察官が束になってこちらに走ってくるのだった。俺を捕まえに来たのかと思わず後ずさったが、警察官たちは右向こうのフロアの玄関の前で足を止め、外を向いて態勢を整えた。左向こうの玄関にも警察官が配備されており、何やら物々しい雰囲気だった。とその直後、右方向の外から銃声が響いた。少し間をおいて前方からもう2発。警察官たちが騒ぎ立て、無線を置いて銃を構えるのが見えた。ショッピングモールの外に、銃を持った不審人物がいるのだ。俺は恐ろしくなり、銃声の方角から男の位置を予測し反対側の非常口から外に出ようとした。しかしドアノブに手をかけた時、ちょうど向こうから扉が開いた。銃を持った男が先回りしていたのだ。あわてて脱出しようとすり抜ける時、男が冷静に銃を構えるのが見えた。あきらめを感じた瞬間、自分の後頭部がはじけ飛ぶのを感じる。倒れた俺は、さらにもう一度撃たれる。俺は両手を掻いてなんとか店を這い出し、何かを探している。辛うじて機能している視覚で駐車場に目をやると、母の乗った車を見つけた。もう俺は死んでしまうのだと思うとこらえきれなくなり、なお上体を起こして母の名を呼んだ。お母さん、と2度、3度叫んだところで腕を折って突っ伏し、とうとう俺は力尽きてしまった。

目を覚まし、ノートに書き付けながら不思議に思った。明確に「死ぬ」夢を見たのは、記憶の限りはじめてだ。夢は現実で得た情報の復習で、未体験の事柄は夢に出現しないと聞いたことがあるがあれは何だったんだろうか。ペンを置いて仰向けになり、またはしごに足をかけた。地獄にも、やっぱ布団くらいはあるのかもしれないと考えた……布団はお前のだらしない甘えに寄り添ってくれるが、そこを出ないままはしごを昇ることはできないのだ。寝たところで、地獄で見られるのはこんな夢ばかりだろう。

画像1

東本願寺、コーヒー、上野駅、鳥の死体、再び夜が来て、勤務のためにコンビニへ向かった。日が変わるまで諸々の仕事を済ませ、次の納品までの数十分をレジの前でぼんやり過ごした。☒☒☒がまた身を起こし、目の奥で感覚を揺すった。棚、無機質な棚、に並ぶ無機質な食べ物、無機質な床を照らす無機質な白い光を前にして、無機質な俺はふと我に返り、いつからこんな無機ったところに迷いこんでしまったのだろうと感じた。無機質な足をぶらぶらさせながら無機質な控え室に行き、無機質な無機を無機無機していると客が一人入ってきた。もしも今の頭であの客と成り代わったとしたら、こんな時間のこんな空間にも、店の奥には自分と同じ生きた人間がいるとはにわかに信じられないだろうと思った。今ここで自分の手を切り落としても、赤い、生きた血が流れてくると思えなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?