よく切れるいと


縁切寺っていうのがあったり、縁切りに効くっていう待ち受けがあったり、縁というものを大事にしながら、一方では上手に断ち切っては、また掴み、を繰り返しているんだなあと思う。

昔、それこそ携帯なんてない時代は、毎日顔を合わせることがなくなる、同じ場所にいなくなる=縁の切り時だったんだと思う。

携帯だって今のように既読が付くようなアプリはなかったから、私のガラケーはしょっちゅう壊れてた。意図的に。

なんだかリセットしたい時があっていったらすごくかっこよく聞こえるけど、本当は、「わたしばっかり送ってるな。向こうから必要とされてないのなら、この連絡先はいるのかな。」という気持ちが、私にアドレスを消させた。

もちろん、私が消えたところで相手は何も困らなくて、何も痛まなくて。平然と日常は執り行われている。そんなのを目の当たりにしても、その頃の私は何とも思わなかった。そうだよね、やっぱりいらなかったんだよね、って納得できた。でも、極まれに、そういう時に限って連絡を頼まれる時もあって。そういう時は、壊れて誰とも連絡できないって言ってた。(たまにそこで親切な人が、また全員分教えてくれたりして。こういう人に救われていたのかと、いまさらの感謝。)

縁、人につながる縁、運命の赤い糸、みたいな、きっと目に見えない細い糸なんだと思っている。

でも、なんていうか小指にちょうちょ結びみたいなかわいい感じじゃなくて、無数の糸が空から横から張り巡らされてるみたいな、そんなイメージを抱いている。Wi-Fiの電波みたいな。届く人には常に届くし、強くもできそうなそんな感じ。(Wi-Fiみたことないからイメージですが。)

今日は、縁について考えた。

かつて同じ場所にいた人たちに思いをはせて、自分からほどいたあの細い細い糸。細いからこそよく絡まり、細いからこそすぐに切れるんだなあって。ありがとうとさようならを、と言いかけて、ガラケー時代の自分のように、どこか納得できていない自分がいるのに気が付いて。

ごめんなさい、わたしは、許せそうにない。こうやってよくわからない逆恨みされていることも、きっと気が付かないあなたたちを。許せそうにない。思い出にもできない。返してよ、返して。わたしのあのときの、あの思いを。ひとつだって返してくれたら、わたしはあきらめがついたのに。

こちらから切ったほっそーい糸たちは、大半の糸がこっちに残っていて。

ぶらぶらそれを引きずって、いずれこの許せないっていう重しからほどけていくのを待つしかないなんて。


意図して切った糸。

意図にまみれて縁を。

糸にたとえて切り刻んだのに。

よく切れる意図。よく切れた糸に巻きつかれながら。


縁切りが下手だと掴むのも下手くそだった。


糸通せないひとに、取り繕うことはできない。

意図通せない人に、取り付く島もない。

ありがとうございます!良き日になりますように…
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うしろむき

初心者のぐだぐたしたひとりごと。日常、思いついたことなどをつらつらと。ひっそりこっそり自己満足。一瞬でも、誰かの暇潰しにでもなれば凄く嬉しい。(どんな形であれ目に触れた方にいいことが起きますように、と願うだけですみません)
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