ノート用タワー様

タワー様と一緒①

「タワー様、タワー様」
 バシャバシャと音を立てて、僕はタワー様の部屋の扉を開けた。

「そんなに慌てて、どうしたんですか?」
タワー様は落ち着いてお茶をのまれていた。
「タワー様、今週の絶滅ランキング1位でしたよ!これで連続5週目、上半期総合チャンピオン、王手ですよ」

初めての総合チャンピオンの座がすぐそこなのに、タワー様はいつもと変わらず冷静だ。

「まぁまぁ落ち着いて、絶滅ならカタパッド君がいるじゃないですか」

ご自身を買い被らず謙遜なさって、本当に控えめな方だ。

「カタパッド様は、イカ達が熟練して、ボムで結構やられているそうです」
「モグラ君も頑張ってるし、期待はしないでおくよ」

モグラ…様、その名前で嫌なことを思いだした。

「そういえば、またモグラ様がタワー様の事をいろいろおっしゃってましたよ。モグラ様こそ悪食で、イカの男の子に執着してたじゃないですか」

「まあまあ、彼も若いんだ、言いたいこともあるだろう。言わせてあげなさい。お茶でも入れよう。君も飲むかね」
 
 タワー様はそうおっしゃると、ガタピシいう体から鍋を一つ抜いてお湯を沸かし始めた。

 お湯を沸かされているタワー様の背中を見ながら、ポットやカップを用意して、お茶請けのマフィンを棚から取り出す。

 僕も早く出世して、大きなフライパンが持てたらなぁ。タワー様のお茶に合うようなお茶請に、パンケーキでも焼くのに。フルーツと生クリームにアイスを添えたら、きっと美味しいんだろうな。あぁフライパン…。

 不満が顔に出ていたのだろうか。

「フライパンのことを考えていたかね」
「はい」
「君は素直でとても賢い。大きなフライパンが持てなくも立派なシャケになる。僕が保証するよ」

 タワー様はすごい。ちょっとしたことでも気づかれる。ちょっとした憂いや、こちらがした配慮など、しっかり気づき、欲しい言葉をかけてくださる。

 いつもニコニコされていて、皆に優しい。いろんな事も知っていて、オオモノシャケにありがちな威張ったり、怒鳴ったりする事がなかった。それなのにイカ達を全滅させてしまう位、戦闘ではお強い。

 タワー様は、ザコシャケ達に尊敬され愛されている。そんなタワー様のお側にお仕えすることを僕は誇りに思っていた。

 普段のタワー様は3段ほどのお鍋で生活をされいる。ご本人曰く、鍋の重ねが高いと動く時のバランスが取りにくく「コンロとしての使用時に不便」だからだそう。

 戦闘の時にはかっこよく8段積みになられる。高層のタワー様が島全域に向けて力強くインクを放射される姿は本当にかっこいい。

 出陣前には僕がお鍋を手渡しして
タワー様はお腹にカコン、カコンとはめられる。

「じゃあ、行ってくるよ」
「はい、いってらっしゃいませ」

 今日も元気よくタワー様を送り出せた。

 今日の戦闘が終わりシャケ達が戦闘から帰ってきた。先陣にタワー様が見当たらない。

タワー様を探していると、コウモリ様の従者のコジャケがタワー様が殲滅させられたと教えてくれた。ここでいう殲滅とはすべての登場回で金イクラにされてしまうことだ。殲滅となると復活するに必要な体力と時間を普段の倍、必要とする。

 タワー様が戻られる前に残されたお鍋を磨かねば。部屋に戻る途中に、戻られたモグラ様に声をかけられた。

「タワーボロボロになってんよ。ポンコツ鍋、もっとべこべコにしてやんの。お年寄りだからヨロヨロだしな。ヨロヨロ過ぎて地上に上がれん」

 モグラ様はやたらタワー様を目の敵にし絡まれる。安全な場所からの遠距離攻撃は卑怯。白兵戦は尊く、遠距離は邪道というのがモグラ様の信条らしい。
 
 カタパッド様だって遠距離だけど、上陸されて直下の敵にも攻撃をしているので、絡みの対象にならないとのこと。

 モグラ様はイカの男の子に夢中になり、攫ってくるという大騒動を起こしたばかり。噂によるとそのイカが恐怖で失禁した尿の匂いにおかしくなってしまったんだとか。そんなモグラ様にタワー様のことを言われるのは、我慢ならない。

 何か言ってやろうとイキっているとタワー様のお姿が見えた。

「帰ってきたよ」
「お帰りなさいませ、タワー様」
「ポンコツのお帰りだ。べこべコのお鍋、潰れてないんかい」
モグラ様にがからかいの言葉をかける。
 んーまー!タワー様に向かって、そんな失礼なことをおっしゃるなんて。

「モグラ様のイカ少年は、お元気で過ごされてますか? ドスコイ達はイカが大好物ですからね。今日も彼らは噂してましたよ。少年のこと」

 そうほのめかすと、モグラ様は顔色を変えて、自分の居住区にいってしまった。

「まぁまぁ、大人げない」
「ですが、タワー様」
「あれはモグラ君にとっての挨拶みたいなものだよ。僕は何とも思わないよ」

 タワー様ってほんとに大人だと思う。僕なんかしょっちゅう怒ってばっかりいる。

「鍋が戦闘でいくつかへこんでしまったんだ。また君に修繕を頼んでもいいかな?」
「はい、喜んで」

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 先祖由来のフライパンの種を落して泣いていた僕と一緒に種を探してくれたのがタワー様だった。

 タワー様はオオモノシャケになりたてで、慣れない環境や先輩オオモノシャケに気を使う日々だったのではなかったのかと思う。

 タワー様が僕と一緒に種を探していると「そんな雑魚を相手にするなよ」という先輩オオモノシャケの声が後ろから聞こえた。

 思いもよらない非難にタワー様に半泣きで謝った。時間を取らせてしまったことと、先輩の非難を受けさせてしまい申し訳なかった。

「……すみません」
「君は気にしなくていいんだ。僕が好きでやってることだからね。それにしてもフライパンの種とは、古風だね」

 死んだシャケのフライパンを埋めると、フライパンの芽が出てくる。それを育てて花にし、受粉させ種を取る。

 違うフライパンの花と掛け合わせて、いろいろな特長のあるフライパンの種をつくる。その種は何年かに1回、小さな実、フライパンをつける。

 そのフライパンは持ち主のシャケの養分を吸って、持ち主とともに成長していく魔法の植物だった。
 手間や年月がかかるため、作る人がめったにいない幻になりそうな技術。

 種は見つかった。部屋の隅っこの綿ぼこりに混じって落ちていた。

「おじいちゃんのフライパンの種だったんです」

 本当に見つかってよかった。安堵の笑みを浮かべて言った。

「実に興味深い。今度よかったらお茶でも飲みながらその話を聞かせてくれないだろうか」

 タワー様もちょっと嬉しそうだった。

「ぜひ。こんなに親切にしていただいて本当にありがとうございました。近いうちにお礼にお伺いします」

 僕は約束のとおりタワー様のところにお邪魔し、それからはお部屋に入りびたりになってしまった。タワー様は僕がお邪魔すると嬉しそうになさるので調子に乗ってしまったのだ。

 学校の単位をとり、フライパンを入手したら一人前のコジャケだ。僕は早々に単位は取得していたけれどフライパンが未入手だった。

 最近、おじいちゃんのフライパンの花がやっと咲き、ついに実をつけ始めた。そのフライパンの収穫を待つばかりだった。

 僕のフライパンは、どんな特長を持ったフライパンなのだろう。僕は少しづつ大きくなる実を毎日ながめては期待で胸を膨らませていた。

 ある日、暴風雨が吹き荒れ、荒れに荒れまくった。

 おじいちゃんのフライパンの実は収穫間際だった。黄色に熟すると自然に落下する。まだ収穫前にだったのに暴風で落下してしまった。あと3日ほど成熟する時間が足りなかった。

 僕はやや緑がかった実から小さなフライパンを取り出した。硬さは十分、だけれど標準より小さい。

 ただでさえ実から取れるフライパンはサイズが小さめだ。それよりも更に小さい。

 僕はこの小ぶりなフライパンを使うことにした。おじいちゃんや先祖の思いが入っているフライパン。小さいという理由で使用しないのは、彼らから逃げだしたようでいやだった。

 タワー様にその話をすると、タワー様は賛成してくださった。ただ、と続けられた。

「ただ、サイズが小さいので戦闘では不利です。それと戦闘局が不採用にするかもしれないです」

 コジャケは皆、戦闘局に入って戦闘に出る日を夢見ている。戦闘で戦功をあげて出世し、いつかはオオモノシャケになるというのが皆の願いだった。

 僕も例外ではなかった。不採用という言葉にショックを受けてしまった。がっくりうなだれている僕にタワー様は続けられた。

「もし君がよければ、という前提ですが、僕の付き人になってもらえないだろうか?」

 大好きなタワー様の側でお世話ができる。さっきまでの元気のなさが嘘のように、僕は目を輝かせて返事をした「喜んで!」と。

 僕はこうしてタワー様お付きの従者になったのだった。

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 タワー様は具合が悪そうだ。最近殲滅されることが多くなり、復活時間も長時間要するようになってしまった。でも戦闘には毎回出られる。

 オオモノシャケはドスコイやシャケ、コジャケのように代わりがいない。必ず、テッパン様やヘビ様のように固有名詞なのだ。オオモノシャケが戦闘に出れなくなったとき、それは引退を考えなければならない事態になる。

 オオズモウというのが果ての国にはあって、そこのチャンピオンのヨコズナというものは、常に勝ち続けることを求められている。勝てなくなったら彼らは引退するらしい。

 オオモノシャケも同じだ。常勝を求められている訳ではないけれど、戦闘に出れなくなったら勇退を求められる。実際、近年引退したオオモノシャケもいた位だ。

 弱っているタワー様を少しでも守らねば。長年オオモノシャケのタワー様の従者をしてきた。ネットワークもツテも持っていた。僕はタワー様の戦いに潜り込むスベを整えた。

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 初めての戦い、ドキドキする。

 尾びれを振ってみたり、やたらフライパンを振り回すなどの落ち着きのない動作に、隣にいたコジャケに「大丈夫かよ、おい」と心配されてしまった。

 
 合図とともに戦闘が始まった。
 先触れのコジャケ、シャケが飛び出していく。続いてドスコイ。そしてテッパン様やコウモリ様、カタパッド様が出陣されていく。モグラ様とタワー様は最後の方に出陣される。

 僕はタワー様の後ろに陣取り、バレないようにコジャケたちの間に身を潜めた。

 タワー様が出陣された。すらりとした等身にキラリと光を反射する鍋。なんという勇ましいお姿よ。戦闘でみるタワー様は、こんなにかっこよかったとは。

でも、4段目のお鍋、煤で汚れている。あれは一昨日、お茶を沸かした時に汚れたのか。僕は後で磨くつもりで段数と汚れの状態を頭に入れておいた。

 タワー様の後ろで進軍する。シルエットや佇まいが優美で、自分の主人だと思うと誇り高かった。
 放射される緑色のインクがイカ達を絡めとっていく。ご一緒だと本当に力強い。

 タワー様は前線から離れたところにいた。タワー様めがけて1匹のイカがやってきた。タワー様を倒すつもりらしい。

タワー様は長距離攻撃が専門で近距離や防御は何もできないに等しい状態だ。そのために僕らがいる。

「タワー様を守るぞ!」
思わず掛け言葉を発してしまった。「おう!」なんて呼応されて気持ちがよかった。

 僕は自分が秘密裏に兵隊として潜り込んでいることを忘れてしまった。しかもドスコイのリーダーの存在を差し置いて。

 タワー様に向かってくるイカを皆で取り囲む。イカは強力な武器で僕らを弾き飛ばす。おう!と呼応してくれた仲間達がどんどん倒されていく。

 あと少しでタワー様にたどり着いてしまう。僕はイカの後ろに回り込んで足のかかとに思いっきり噛みついた。ボンっと音を立てて、イカは消えてしまった。あとで浮き輪が浮かんできた。

 びっくりして驚いていると「やったな」と最初に心配して声を掛けてきたコジャケがヒレで背中をタッチしてきた。
「ありがとう」とお礼を言っていると、上から視線を感じた。タワー様だ。

 タワー様は僕に何か言いたげなそぶりだったが、皆の手前、何も言えなさそうだった。怒られるのは後でいい。今は精一杯タワー様を守ろう。僕はそう心に決め、戦いの最中3匹のイカを倒す殊勲賞ものの活躍をしてしまった。

 戦闘から戻ったらタワー様から話があると呼ばれた。

「あんな場所で君と再会して本当に驚きました。事前に相談してほしかったです。君には安全な場所にいてもらいたかったのですが」

 タワー様はちらりと僕を見て言う。

「これからも来るんでしょう?」
「はい、タワー様の安全は僕が守ります」
「あのコジャケは誰かと戦闘局から問い合わせがきています。罰として自分で説明しに行くこと。それと僕が行く戦闘以外は参加させませんよ」
「うわ! タワー様ありがとうございます」

 戦闘参加許可に喜んでしまった。これでタワー様をお傍で守れる。

「今日は守っていただいてありがとう。助かりました。でも自分の安全を優先してくださいよ」

 タワー様はそう言って微笑まれた。なんて優しいんだろう。タワー様大好きだ。僕もタワー様を守れるよう頑張ろう。

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 僕の戦闘参加でタワー様の壊滅回数は減り、体は復調されたようだった。やっぱり復活が体に負荷をかけていたのだろう。元気になられて、いろいろなランキングにもお名前が載るようになっていた。

 タワー様の絶好調の知らせとともに、僕の名前もある理由で有名になる。

 最近気になることがあった。
 僕のフライパンが大きく重くなってきた気がするのだ。熱くなったり震えてきたり。魔法のようなアイテムと聞いていたからこんなものかなと思っていた。

 戦闘から帰ってきたら妙に身体が熱い。手にしているフライパンも熱かった。タワー様にご挨拶をして自分の寝床に下がった。お腹が熱い。

 お腹の上に置いたフライパンが熱を発していた。お腹から横に置きなおそうとするが離れない。お腹とフライパンがくっついてしまった。

 フライパンはそのまま僕のお腹にめり込んできた。痛っ痛い。僕はお腹を抱え苦痛でもんどりうっていた。気が付くと痛みは消えフライパンも消えていた。

 あまりの変な体験に、タワー様ならどう思われるんだろうと思い、お部屋にお邪魔した。

「そのフライパンの特長なのだろうか」
「今までの例でも聞いたことがないです」

 タワー様とお茶を飲みながら意見を交換していたら、ぴきっと突然の痛みに襲われた。すべてのヒレから全身に激痛が走る。

「あっ」

 ピキピキする痛みに全身包まれ、体の中もゴリゴリと痛み出した。背骨が捻じ曲がるような激しい痛み。もうしゃべれなくなった。訳の分からない謎の異音を自分で発していた。

 タワー様はすぐに人呼ばれ、僕は複数に囲まれながら意識を失った。

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 僕は見知らぬ広い部屋で目を覚ました。近くにいたコジャケが「目を覚まされました」と誰かに言いにいっている。

 タワー様が見えた。起き上がらねば。起き上がろうとするが体が重い。とくに頭が重い。

 周りがおめでとうございます、と言っている。よくわからない。困ってタワー様をみると寂しそうな顔をして言った。

「君はオオモノシャケになったんですよ」

 僕はびっくりした。普通オオモノシャケになるにはコジャケからシャケになってドスコイになってドスコイから選ばれるのだ。

 いきなりコジャケからいきなりオオモノシャケになるなんて。聞いたこともなかった。きっとフライパンの影響だと思った。

 自分のヒレもかなり大きい。大きな体、もうこれまでのようにいられない。

「どうしよう」涙目で言うと
「どうしましたか?」タワー様が優しく問いかけてくる。

「タワー様のお鍋磨き途中だったのに、こんなヒレじゃ磨けないです。タワー様と一緒に戦闘に出てしまうのなら、タワー様にお鍋を渡せない」
「でも戦闘だと守ってくれるんですよね」
「はい」
「お茶は飲みに来てもらえますか?」
「伺います」
「ほら、これまでと変わらないじゃないですか。大丈夫ですよ」
「僕はでかくて可愛くないですよ」
「すごくハンサムじゃないですか」

 タワー様のやさしさに涙がでてきた。

「タワー様っ!」と涙目で抱きついたら、タワー様のお鍋がスココンと外れてしまった。

 2人で笑いながらお鍋を拾い、僕はタワー様に渡す。これってすごく幸せだなって思った。

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 突然オオモノシャケに変化したコジャケとして僕は有名になった。

 今日もタワー様と一緒に戦闘に出る。4段目のお鍋の煤汚れが気になるけれど目をつぶる。

 それよりもタワー様を狙うイカはどこだろう。

 タワー様を狙う前に僕のバクダンを投げつけてやろう。僕はタワー様を守るためにいるのだから。