ラム肉

近所のスーパーで30%OFFのラム肉をかった。

塩と胡椒をふって焼いて食べたのだがその味がどうにも忘れられず、そのスーパーにいってはまたラム肉をさがしつづけている。

だが、どうも売り切れているのか、陳列されていない。

あの3割引き…チャンスは前髪だ。

しかし根気強く、来店時間をすこしずらしながら通っているとついに3パックあたらしく売り出しているのを発見した。

声には出さない歓喜。3パックともカゴにいれてレジに運ぼうとしたのだが、立ち止まって1パックもどしてきた。きっとほかの誰かもこれをさがしているはずに違いないとおもった。

あるいはそのまま気づかれず、時間がきたら割引され、新規の味覚をおおいに刺激してただ無闇にライバルを増やすだけなのかもしれない。

でも過去のだれかが同じようにしてわたしをライバルにしたのかもしれないとおもうと、この流れをとめてはならないのだと匿名な使命感にかられたりするのだった。

生きるとは、殺して命を奪うことである。

ヒツジはいまわたしの手足となっている。そして未来のどこかでは、きっと今度はわたしがヒツジの肉になって、ライバルの顔をついに拝むのである。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

サポートありがとうございます!

嬉しいです!
4

髙安悠佑

非物質主義的な東洋思想文化と西洋的物質美が混合した人生観を探求中。https://yusuketakayasu.com/
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。