噺の話〜野ざらし〜

そんな訳で好きな落語の噺をツラツラ書いていく訳ですが、のっけからコレですか。もっと有名な噺があるでしょう?

とは言え、古典落語ってのは流派や演じ手によって解釈や演出が違うので極端な話、演じ手の数だけバリエーションがあるようなモノで。だからこそ長い間語り継がれてきたのでしょう。その辺も落語が好きな理由でもあったりします。
この噺はバリエーションが多く、その意味ではピッタリだと思います。

──ある朝、長屋に住む尾形先生(何の先生なのか不明)のところへ隣のハっつぁんが殴り込んでくる。
「普段から“自分は聖人故に婦人は好かん”とか言ってるくせに、夕べ女を連れ込んだだろう⁈どこで引っ掛けたんだァ⁈」
はぐらかす尾形先生だが、壁の穴から見ていたと言われ観念して事情を説明する。

昨日、尾形先生が趣味の釣りに向島まで出かけたがどういう訳か雑魚一匹かからない。こんな日は天が殺生してはならぬと言っているのだろう…と、竿を上げて引き上げる事にする。
何処からともなく鳴り響く鐘の音。すると河原の茂みから飛び立つカラスの群れ。
「寝ぐらに帰るにしては時間が変だ」とヒョイと茂みを覗いてみると、そこにあったのは見るも無残な屍。人骨。
不憫に思って飲み残しの酒をかけ、弔いの句を詠んで供養してやった。
その晩、夜更けに訪ねて来たのが例の娘。先生の供養で成仏する事ができます、お礼に一晩お酒の酌でも致しましょう……つまりハっつぁん、あの娘はこの世の者ではないんだよ。

コレを聞いたハっつぁん、あんな美人なら幽霊でも構わない。向島にまだ骨はあるだろう!と、先生から無理矢理竿を借りて飛び出してしまう。
向島に着いたハっつぁん、目当ては骨そしてお礼の美人。訪ねて来たらああしようこうしよう…と妄想の世界で大はしゃぎ。周りの釣り人達の迷惑を気にせず大暴れして自分の鼻を釣ってしまう。
「こんな危ない物が付いてるのが良くない!」と針を捨ててしまい、周りの釣り人達が呆れ返る(サゲ1)

時間の関係でココで切るパターンが多いけど、続きがある。

釣り人達が帰ってしまった後に鐘が鳴る。よし来た!と茂みを探るとやはりそこには骨。わざわざ買ってきた酒をドブドブかけると「先生と違って金かかってんだから間違えずに来てくれよ」と自分の家への道順を細かく説明し、適当な句を詠み帰ってしまう。

川に繋いであった屋形船の中でコレを聞いていたのが新朝という幇間(たいこ)。婦人との密会の約束と勘違いして、座を盛り上げてご祝儀でも頂戴しよう…と悪い企み。
その晩、いつ幽霊が来るかとソワソワしてるハっつぁんの家に押しかける新朝。いきなり上がり込んで貧乏長屋を無理矢理褒めちぎって大騒ぎ。
「乙な幽霊が来るかと思ったら、随分やかましい男が来やがったな。誰だ、お前は!」
「へい、新朝って幇間(たいこ)です」
何だとう⁈とハっつぁんが頭をポカリ。
「いきなり何ですか⁈」
「お前さん幇間(たいこ)だろう、バチが当たったんだ」(サゲ2)

コレがフルストーリー。しかし本来のサゲはまた別にあって…

「へい、新朝って幇間(たいこ)です」
「新町のたいこ…?しまった、昼間の骨は馬の骨だったか…!」(サゲ3)
昔は新町って地域に太鼓屋が沢山あった、幇間はたいこ、太鼓には馬の皮を使う…って事を現在では説明しておかないと通用しない。
時間や時代によってネタが変化していく、ネタが生き物のようでとても興味深い噺です。

余談。先生の所に訪ねて来るのが楊貴“妃”、ハっつぁんの所に訪ねて来るのが張“飛”って言うパターンもあるらしい。

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北浜勇介

喜多濱亭

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