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ワークショップに論文を活かすには

「赤ちゃんの探索」シリーズ、今回は論文リサーチとその活用方法について、ぼくがやってきた方法を書いてみます。

ぼくたちは子どものことを、もっとおおげさにいえば世界のことを「ストーリー」で理解しています。それに対して科学の世界では「エビデンス」で理解します。そのどちらでも活用されるのが「アナロジー」だと考えられます。いままで無自覚に使ってきたストーリーの枠組みを捨て、エビデンスとアナロジーを使って別のストーリーを選ぶことができる、という話です。

ストーリー:子どもに運動させる

たとえば、ぼくが幼稚園の体操の先生だったら、プログラムを考えるとき「跳び箱、うんてい、登り棒など、運動の種類を決める」「はじめは簡単なところから難易度を徐々に上げていく」「グループを分けて、順番で運動させる」ということを真っ先に考えます。

なぜなら、「体育の授業というとそういうもんだろう」というストーリーがすでにあるからです。いや元も子もない言い方ですけど、教育ってわりとそうやってできているところがあると思います。

しかし、ここにはプログラムにおける科学的な論拠も薄ければ、「子どもを言う通りに運動させる」という子どもをコントロールしようとする態度があります。こうしたささやかな「あいまいさ」や「横柄さ」に対して鋭く突っ込み、軽やかにひっくりかえしてくるのが「エビデンス」の力です。

エビデンス:幼児の運動に関する研究

そのときに、こんな研究を知ったとします。

「幼稚園の自由遊びの時間に行動観察をして3軸加速度計で運動量を計測したら、運動能力の高い子は、低い子に比べて複雑な運動をたくさんしていていることがわかった」
(「3軸加速度計を用いた幼児の自由遊び中の活動水準評価」佐々木玲子,石沢順子/2016)

「そりゃそうだろう」という感じもする結論ではあるのですが、詳細を見てみるとおもしろいのです。

研究の方法は以下のとおりです。

・5~6歳児男女計6名を対象

・運動能力測定(25m走、立ち幅跳び、ボール投げ、体支持持続時間、連続両足飛び越し)上位10%から3名(A・B・C)、下位15%から3名(D・E・F)抽出

・朝の自由遊び時間(9:30~11:00)のうちの30分間をビデオ行動観察データ+3軸加速度計活動量計のデータを取得。

・3軸加速度計で身体の動きや姿勢の変化から鉛直・前後・左右方向の加速度情報をもとに10秒間隔で合計加速度から活動強度(METs)を推定

・合計9日間データ取得を実施

・METs値と行動観察データから比較

このレポートの中の、METs値にそんなに変化が見られないA、C、Dの比較が白眉です。

運動能力下位群のDは、かくれんぼを長い時間やっていて、隠れる目的地までは走りますが、隠れたら止まります。走る、歩くといった単純な運動にとどまっています。一方で、上位群のAはブランコやスライディング(!?)、「中あて」というドッジボールの一種を、もうひとり上位群のCは鉄棒、うんてい、のぼり棒、ロープ、ブランコ、「中あて」など、たくさん身体を動かして遊んでいます。

同じようなMETs値でも、運動のなかの動作数や動きの多様性に違いがあるということです。論文中にあるように加速度計の精度にはまだまだ課題もあるとのことですが、概ねこのように考えられるだろう、という研究です。(そして佐々木・石沢両先生のこれからの研究が本当に楽しみです!)

新しいストーリーを選ぶ

このエビデンスからはものすごくいろんなことを想像させられます。

研究の対象が「自由遊びの時間」だったということは、図書室で本を読んだり、工作をしたり、砂場で遊んだりしてもいいんです。そのなかで「運動能力の高い子」というのは、自由な時間が与えられたら、いろんなバリエーションの身体運動に自分からチャレンジしたいと思う子たちだったのではないかということ。

とすると、こうした研究が進んでいけば、体育教育の目的が「運動を上手にできるようにすること」ではなく「いろんなバリエーションの運動を試すことの楽しさを知ること」に変わっていきます。そうなると、ストーリー自体が変わってきます。

例えば体育の授業もゲーム感を出して、「名前のない運動遊びをたくさん発明しよう!」というルールにして、発明した遊びをどんどん披露してもらい真似してもらう、みたいなプログラムにしたほうがかもしれません。アイデアの質と数を評価できるようにしておけば「無駄な遊び」のリサーチにもつながりそうだし。(いやもちろん現場のオペレーション無視した無責任なアイデアですけど・・・)

エビデンスからアナロジーへ

運動に関してはこのような研究がありますが、創造性研究に関しても「試行錯誤の量が多い子のほうがアウトプットの質が高い」とか「思案する時間が長く、制作する時間が短い子のほうがアウトプットの質が高い」というような研究の話を聞いたことがあります。

身体運動の探索量とバリエーションが多い子は運動能力が高いかもしれませんが、造形活動の探索量(工作で作品をつくる数や時間)やバリエーション(素材や形状の種類)が多い子は、造形能力が高いかもしれません。さらには、読書活動の探索量(読書数、時間)やバリエーション(図鑑や物語などの種類)が多い子は、言語能力や論理的な構成力が高いかもしれません。

そしてそもそも赤ちゃんにはどう応用すればいいのか。そこ本題の予定だったのですが、ちょっと次回以降に書きます!

とかく、論文を読み、そこからの類推から、新たな論文を掘り、新しいストーリーを構築する。納得いくまでこの作業を繰り返す、というのが、ぼくがいまのところやっている研究スタイルです。(いや、大学院にもいたことがないので、これで正しいのかはわからないんですけどね・・・)

エビデンスを教えてくれる先生たち

さて、とはいえぼくは日々論文を掘り起こすことができているわけではありません。知り合いの大学の先生と連絡を取るときに、雑談の中で面白かった論文の話などを聞き、そこで論文のタイトルをメモしてネットでPDFを読むか、Twitterアカウントでも連日良質な論文を投稿してくれている方もいます。

オススメは発達心理学者の森口佑介先生。

Twitterを見ればそこには数々の論文がとてもわかりやすくて親切な解説とともに紹介されています!『おさなごころを科学する』などの書籍も出されています。

また、医師の津川友介先生は『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』でベストセラーになった方ですが、こちらも食に関する論文を紹介してくださり、ありがたいかぎり。

これからも、論文に触れて自分がなんとなく関係付けちゃってるストーリーをがんがん揺さぶっていきたいと思います。いい論文があれば、ぜひシェアしてください!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。いただいたサポートは、赤ちゃんの発達や子育てについてのリサーチのための費用に使わせていただきます。