観客の創造性とは

観客とはクリエイティブな存在です。演劇を観ることは、創造的な活動です。心のなかを探索し、構造化し、成熟させる「技術の学習」であるとも言えます。

こうした「観ること」の意味は、演劇にとどまらず、ファシリテーター、カウンセラー、デザイナー、マネージャー、マーケターなどなど様々な職種に通底します。どの職種も、クリエイティブにものごとを「観る」ということをしていると思うわけです。

今日はそんな話を、書きます。

観劇×ファシリテーション×グラフィックレコーディング

今、ぼくは新しいワークショップを企画しています。それは、観客が演劇作品の感想を語り合う「あなたのポストトーク」です。

その題材となる作品は『プラータナー:憑依のポートレート』。日本の現代演劇を代表する演出家・岡田利規さんと多彩なアーティストの協働によってうまれた長編大作です。ワークショップは6/30(日)と7/6(土)に開催。観劇をした方ならどなたでも参加できます。

現在、このワークショップの実施に向けて、ファシリテーターとグラフィックレコーダーを募集しています。メンターは、パフォーミングアーツプロデューサーの中村茜さん、グラフィックレコーダーの清水淳子さん、そしてぼくです。

こんな背景から、これらの企画にご参加いただくみなさん、もしくは参加はしないけど興味をお持ちいただいているみなさんに向けて、ぼくは定期的に「演劇を観ることは創造的活動である。なぜか。なにを目的に行うのか」などを発信していきます。

観ることはつくること

そもそも、演劇をはじめとする芸術を鑑賞した感想を語り合うことには、どんな意味があるのでしょうか。

「作品を観ること」は受動的な行為だと思われています。しかし、こんなことを言っている人たちがいます。

「人々が本を読むとき、その人は実は演奏家なのです」
ジョン・ケージ
「私の作品を読むことは、作ることと同じだ」
マルセル・プルースト
「演劇は、観客の心・意識の中に生じる現象」
岡田利規

本を読みながら、頭の中で音楽を奏で、作品をつくっていく。演劇を見ながら、演劇を心・意識のなかでつくっている。

つまり、観ることは創造であるというわけです。

芸術の経験とは【事実⇄印象⇄意味づけ】の往復

観ることは創造であるとすれば、何を創造しているのか。ここでは「芸術の経験」を創造している、とします。

では、演劇を観るとき起こっている「芸術の経験」のありようを考えてみます。

事実を観る聴く感じる

まず、舞台のうえにいる人や物の動きや表情を見ています。そして、言葉や音楽を聴いています。さらに、皮膚や身体の運動感覚も使っています。役者の身体の痛み、重さ、熱、体が動くスピードなどをイメージしています。

印象から感情・記憶・イメージを思い浮かべる。

そこから、さまざまな印象を受けます。好き、嫌い、気持ちいい、不快だ、、、といった感情が思い浮かびます。あるいは、自分の過去の記憶や知識を想起する場合もあるでしょう。「ああ〜〜〜似たようなことあったな〜!」「あの本に書いてあったこの知識に似ている」というようなことです。もしくは、イメージが思い浮かぶこともあるでしょう。演劇を見て絵画を思い浮かべるかもしれませんし、音楽を聴いて写真を思い出すかもしれませんし、いつか見た山の風景を想像するかもしれません。

それらをながめて意味づける。

演劇を観ると、舞台上で起きている事実から、観ているぼくたちのこころに印象が引き起こされます。それらの少し俯瞰して観てみると、なにかしらの意味づけができそうです。「このシーンにおかしみを感じたのは、こういう意味を見つけたからじゃないか」「この役者の動きから、ある絵のことを思い出したのは、こういう意味が共通しているからじゃないか」など、仮説的に意味づけをしてみます。

探索し、構造化し、熟達する

こんなふうにして、事実を見つけ、感受性で受け取り、意味をつけていく活動を、心の中で高速で循環させています。このことを「観客の探索活動」と呼んでみたいと思います。「芸術の経験」のその真っ最中は、鉱石を採掘する人のように夢中で探索する時間であるといえそうです。

そして、これらの事実、印象、意味づけを繰り返すうちに、あるていど「構造」のようなものが見えてきます。いわば「芸術の経験の構造化」です。採取した鉱石を並べて分類してみたときに、その洞窟全体の性質がなんとなく見えてくる、というようなことです。

探索をし、構造を見出すことを繰り返していくうちに、探索や構造化それ自体の能力が高まってきます。何度も鉱石発掘を繰り返すうちに、冒険者として熟達するだけでなく人間として成熟していく、という感じに近いかもしれません。

観ることはどのように「学習」できるのか

さて、ここまで「演劇を観ることは探索をし、構造化し、成熟させうるものである」ということを書いてきました。演劇を観ることは創造的で発見的な活動であるということが、なんとなく伝わったら嬉しいです。

そしてこのような観ることの意味は、ファシリテーター、カウンセラー、デザイナー、マネージャー、マーケターなどなど様々な職種にも通底するものだと思っています。ここに書いたどの職種も、クリエイティブにものごとを「観る」ということをしていると思うわけです。

では、この観ることが創造のための技術であるとしたら、それはどのように「学習」することができるのか?という問いについては、次回の投稿で考えてみたいと思います。その答えは「語る」ということなのです。

「あなたのポストトーク」へ

この時点で何か気になった方は、ぜひ『プラータナー:憑依のポートレート』を観劇いただいたうえで、ぜひ「あなたのポストトーク」にご参加いただけたら幸いです。

では、また。

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臼井 隆志|ワークショップデザイン

子ども向けワークショップの企画・運営が得意です。noteでは発達心理学や認知科学をベースにした「赤ちゃんの探索」、ワークショップの作り方やアートの見方についての「アート・ワークショップコラム」を連載しています。株式会社Mimicry Designディレクター

アート/ワークショップコラム

臼井隆志のコラムをまとめています。アート、ワークショップ、ファシリテーションについて書いています。
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