03拍子

「人間の脳は記憶から予測する」という話

1月に始めた「赤ちゃんの探索」マガジン、2週に1回のペースで更新しています。たまにおもいついたことをコラムで書こうと思います。

赤ちゃんは遊びのなかで何をしているのか[理論編①]」という記事を以前書きましたが、そのなかで人工知能企業の創業者のジェフ・ホーキンスが「人間の脳は記憶から予測する」と言っているTEDの動画をご紹介しました。2003年のプレゼンテーションですが、とても面白いので是非見てみてください。

この動画のなかではワニと人間を比較しています。ワニは獲物の動きを目や鼻や皮膚でとらえ、そろりそろりと近づいてがぶりと襲いかかります。このとき脳は感覚で情報を入力し、それに対して運動で出力する装置です。一方、人間の脳は、大脳新皮質という部位が記憶装置として働きます。物の動き、メロディ、ストーリー、人の気持ちの変化、といったもののパターンを記憶して、次に似たような場面に出くわしたときにその記憶を再生しながら「あ、なんかこういう展開知ってる。次はきっとこんなことが起こるぞ」と予測することができる。記憶を再生して予測することこそが人の脳の機能だと言っています。

赤ちゃんは泣き方を変える

この話を聞いて思い出したことが2つあります。

ひとつは「赤ちゃんは要求に応じて泣き方を変える」という話です。個人差はありますが、たとえば、お腹が空いたときはめそめそ泣き、オムツを替えてほしいときはふんふん怒ったように泣き、眠い時はうえーんと泣く、という感じです。ホーキンスの話に沿って考えれば、

欲求を感じる → 泣く → ママが来て欲求を満たしてくれる

という一連の流れを体験した時、「この泣き方をしたら、ママが来て欲求を満たしてくれた」ということが記憶され、次にその欲求を感じた時は「この泣き方をしたら対応してくれるはず」と予測し、実行し、実際にママが来てくれるという展開を待つ、という話になると考えられます。

もちろん赤ちゃん本人としては身体のなかからおそいくる不快感をどうにかしたい一心で泣いているのです。でも、人間って泣いている時って案外泣くこと以外に頭の中でなにか考えていたりしますよね。赤ちゃんにもそういう考えや戦術があるのかなぁと感じます。

さらに、実はママも赤ちゃんの泣き方と対応のパターンを記憶し、泣き方のバリエーションによって次の展開を予測するのだと聞きます。ママと赤ちゃんの相互の記憶がパラレルに共存することによって、コミュニケーションが成立していく様に、「双方向の学習」の生きられた姿を感じます。

おかゆをテーブルに塗る

もう一つは、赤ちゃんっておかゆに手を突っ込んで食べずにテーブルにヌリヌリしたりするよなぁ、ということです。赤ちゃんはおかゆをテーブルに塗ります。塗るという運動によって、手にはおかゆのぬるぬるした感覚が生じます。素早く動かせば、ツルツルッとした感じが。ゆっくり動かせばネッチョリした感じがします。感覚によって運動を調整したり、運動を調整することによって感覚を変えたりします。こうした運動と感覚のパターンを、大脳新皮質が記憶します。そうして、次におかゆをみたときに「これはヌリヌリするといろんな感覚が味わえてたのしいやつだ」となるのだと思います。

というようなツイートをしたところ、アナログゲーム療育で有名な松本太一先生(@gameryouiku)がこのようなコメントをくださいました。

なるほど、似た刺激に興味を移す、か…。

この「興味を移す」という作業のためには、複雑なパターンを用意しなければなりません。ヌリヌリするのが好きなら、フルーツソースでお絵描き遊びしてもいいかもしれません。フィンランド発祥のヴィジュアルアートワークショップのメソッド「Varikylpy」はとても興味深いです。

食卓に座り、おかゆが出てきたときには食べることを推奨するが、庭や公園などでフルーツソースやピュレが紙や筆と一緒にでてきたときは遊ぶことを推奨する。というように、シチュエーションによって親の関わり方が違うことも含めて記憶してもらう必要があり、それはなかなか記憶には時間がかかるのでしょう。

どうやら、おかゆのヌリヌリ遊びから興味を移したり食べることに促したりするコツは、叱るのではなく、注目しないことのようです。「ふーん、そういうことが楽しいと思ってるんだね」くらいの感じで、興味がそれた好きに、すっとおかゆを視界から外し、食べたそうにしているときを見計らって食べさせる、というような感じ。まぁこれは辛抱強さの必要なコミュニケーションですよね。しかし、ぼくが関わっているママ達の食の時のコミュニケーションを見ると、こうしたコミュニケーションを即興的かつ冷静に遂行しています。コンテンポラリーダンスを見ているようです。

今日は「脳の予測」という視点から話が食育まで広がりました。食育の面白さは、今後また書いてみようと思います。

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