家庭料理について語るワークショップを作った話

今日は、スープ作家の有賀薫さんによるワークショップ「家庭料理の問診」の設計をお手伝いした話を書きます。

ふりかえりながら、このワークショップが、語ることで自分の起点を探し、書くことで自分への学びを深める仕組みになっていたことに気がつきました。聞く、語る、書くことをめぐって、ワークショップを作りながらぼくが考えたことをつづってみます。

ボツになったバージョンと、最終盤一歩手前の進行台本を公開します。ワークショップをこれから作りたいと思っている方に参考にしていただけたら嬉しいです。

(ちょっと勢いで書きすぎました…。6000字あります。)

想いを聞く

このワークショップはNサロンでの有賀薫ゼミ「家庭料理の新デザイン」の第2回目の授業で行われたもので、有賀さんが主宰されている活動「新しいカテイカ」を下敷きにしています。(Nサロンとは、日経新聞とピースオブケイク社が共同主催している大人のための学びのサロンです)

有賀さんは以前から、3つの幻想がぼくたちの家庭料理を苦しめていることを問題視していました。

1つめの幻想は、InstagramなどSNSで「映えする」料理を作るべき(だができていない)というもの。2つめは、昭和の専業主婦のような立派な料理をこしらえるべき(だができていない)というもの。3つめは、レストランのような正しい料理をつくるべき(だができていない)というもの。

ぼくたちは、こうした幻想をおいかけながら、結局は(だができていない)という恥の感情をいだいてしまいがち。「自分の家庭料理を恥とせず、肯定するところから新しい家庭料理のあり方を問いたい」という想いを、有賀さんは持っているのだと感じています。

2018年11月末、初めて渋谷のカフェでお会いし、このお話を聞かせていただきました。ぼくもこの想いに賛同し、その後ワークショップをお手伝いさせていただくことになりました。

「家庭料理のプロセス・デザイン」を提案する

ご依頼のメールをいただいたときは、なにか自分の家庭料理を良くする商品のアイデアを考えるようなものがよいのでは?という話がありました。それに対して、ぼくは「家庭料理のワークフローの最適解を探すワークショップはどうか?」と提案しました。

家庭料理は、「なにを食べるか?」という問題よりも「どう食べるか?」の方が大切であると言えます。つまり、買い物に行って、食材を保管して、料理を作って、保存して、片付けをして、ゴミを捨てる。こうした一連のプロセスをデザインすることです。

家庭料理とは「プロセス・デザイン」であり、それぞれのライフスタイルに最適なプロセスをみつけることが、家庭料理の課題を解決することにつながると考え、ワークショップの内容を一度仮組みしてみました。

ver.1とver.2のアイデアを、公開します。

これがver.1

そしてこちらがver.2です。

要約すると、コンビニを使うグループ、素材を大事に料理するグループ、時短料理をするグループなどに分かれて、それぞれの最適解をグループワークで探っていくという内容を考えていました。ver.2では、それぞれのスタイルを紹介する雑誌を考えるというものを想定していました。

しかし、各家庭の食の事情は、あまりにも個別性が高いものです。強引にグループワークにしてしまうことには抵抗がありましたし、「コンビニ派」「素材派」と並べると、優劣があるように見えてしまう。そういう幻想のヒエラルキーや、個別性を排した設計に課題がありました。

初回の講義を終えて、改めて打ち合わせをする

そんな課題を抱えたまま、第一回のゼミが終わりました。そのときの受講生の方々の感想やレポートは2019年3月6日以前の #家庭料理の新デザインの記事で、フォローしていただくことができます。

これらのnoteには、様々な物語が綴られていました。ご夫婦で話し合われた方、奥様の食の事情を汲みながら考えているという方、娘さんと一緒につくることに楽しみを見出しているという話を書かれた方などなど、それらの物語は、あまりにも個別の人生に根ざしたものでした。

そこで、有賀さんと担当ディレクターの平野さん、ぼくの3人はもう一度ミーティングの場を設け、話し合います。

「この個別性をこそ大切にしたいよね」
「個人の人生に根ざした家庭料理の物語こそ、出会いたいものだったのでは?」
「そもそも、特定のパターンの最適解って、個別の解決につながらない場合も多いよね」
「ほどよく温まったNサロンでしかできないことをやってみよう」

こうした言葉のラリーから導かれた結論は「最適解を考えることをやめる」というものでした。個人の人生に根ざした、家庭料理にまつわる個人の物語を語ってもらう。結論やオチはなく、語ることのなかで、自分にとって大切な物語の軸のようなものを見つけてもらう。こういうワークショップをつくろう、という決断をしました。

「ナラティブ・アプローチ」を引用する

個人の人生を語るワークショップをつくるときに、ヒントになるのは、社会学の調査や心理学のケアなどに用いられる「ナラティブ・アプローチ」というものでした。

「ナラティブ・アプローチ」とは、ある課題を抱えている当事者が、自分についての物語を自分で語ることから、心の回復の転機をさぐる、というものです。こちらのブログに歴史や考え方がまとまっているので、ご興味のある方はぜひご参照ください。

この手法においてもっとも大切なことは、当事者がなにを語るかではありません。カウンセラーがどう聴くかです。当事者の語りを、良いとか悪いとかの観点でジャッジしたり、無理やりに引き出そうとしたりすることはNGです。相手に、語ることへの勇気と安心感を与え、言い淀みや語り得ないことの困難さにも寄り添い、耳を傾ける。いわゆる「傾聴」です。

「語る」ということは、未整理な、暗黙の自分の起点を探索することです。それに対して傾聴するということは、語り手の探索によりそい、勇気づける、いわば「主人公の支援者」になるということです。

そして、この語り手と聴き手の双方を観察する第三者がいるとすれば、その人は「自分だったらこういうふうに語るだろうな」「自分だったらこういう質問をしてみたいな」というふうに、語ることと聴くことをシミュレートすることができます。

ナラティブアプローチを参考に、語り手、聴き手、観察者の3つの役割と関係性を設計する。ワークショップのデザインとして、やるべきことがすっと見えてきました。

ここで、1つメタファーとして、有賀さんが「お医者さんによる問診」をあげました。そしてそのままワークショップのタイトルを「家庭料理の問診」とつけました。いいタイトルだと思います。

3つの役割、2つの「傾聴」

さて、語りのワークショップをする際の最大の懸念は、参加者に「あなたの物語を語ってください」と言ったとして、すんなり語れるだろうか?ということです。

しかし、有賀さんはどんな物語にも価値があり、驚ける感受性を持っている方だと思っていたので、彼女の「語ってほしい」「おしえて!」という熱は、どんな言い方をしても伝わるだろうと思っていました。

語ることへの動機づけの部分は恐らく問題ない。だとすれば、設計者としてやるべきことは、参加者に「傾聴の方法」を手渡すことでした。このようにして、家庭料理を題材とした「傾聴のワークショップ」として組み立てることになります。

1つのポイントは、上記にあげた「語り手」「聴き手」「観察者」の3つの役割を設けたことです。このねらいは、聴き方には2つのパターンがあることを体験してもらうことでした。

ひとつは、動的な傾聴です。問いを立て、相槌を打ちながら、語り手を支援し、引立てることです。プログラムのなかに「質問をよく読み、自分ならどう聴くかを考えてみる」という時間を設けたのは、より能動的に聴くことをしてほしかったからです。

もうひとつは、静的な傾聴です。口を閉ざして、耳を傾けること。語りと質問のインタラクションを観察し、語り手にも聴き手にも憑依できるように、柔らかい身体になってもらう。観察者の役割は、このために設定しました。

観察者は、場合によっては最も忙しい人になります。なぜなら語り手のことも聴き手のことも観察しなければならず、その様子をメモするためにペンをとって手を動かさなくてはなりません。この観察の楽しみは今回は伝えきれなかったかもしれませんが…。

繰り返し語る構成にする

前半のワークでは、3人のグループで10分ずつ、自分の家庭料理について語ってもらいます。そして後半のワークでは、別のグループに組み替えて「さっき語ったことを、もう一度別の人に語る」ということをしてもらいます。後半では、聴き手や観察者の役割はとくに設定しません。

1回目は10分語り、2回目は3分という短い時間にしました。こうすることで、1回目は話が散漫になってしまったとしても、2回目は内容や要素を整理し、抽象化して語るようにうながせると思ったからです。そこでどのような言葉を選んだかによって、その人の「物語の軸」を知る手がかりが見えてくるだろうと考えました。

とはいえ、1度や2度語ったところで、自分の物語の軸が見えるとは限りません。むしろそんなことはほとんどないと思います。でも、語ったことがない人がほとんどであろう「自分の家庭料理の話」を、2度も他者にたいしてする、という体験はある程度インパクトがあるだろうなと思っていました。

間取りによって言葉によらない物語をあらわす

語る、というと言葉で語ることがイメージされます。でも、言葉では語りきれないもののほうが多いです。

そこで、聴き手がより語り手の家庭を鮮明にイメージできるように、参加者の方にはキッチンと食卓のレイアウトを間取り図のように書いてもらうことにしました。

これは、我が家の間取りです。

こうした間取り図によって、聴き手と語り手が対面で話し合うのではなく、間取り図をはさんだ3項関係をつくることができます。人と人と物という3項関係は、緊張をやわらげ、会話をはずませる効果があります。

そして間取り図は、食だけではなく、暮らしや家族との関係なども色濃く反映します。そうした暗黙の情報に満ちた図があることで、質問が豊かになり、語り手の話もはずむだろうと考えました。

なにより、ぼくも有賀さんも、ある種の間取り図フェチだったことがあります。打ち合わせの場ではこんな理屈っぽいことは出てこず「間取り図、見たい!見たすぎる!書いてもらおう!」というノリでした。

グルーピングをスムーズにする

今回は、2時間というタイトな時間内で、傾聴の方法を伝え、2回の語りのシーンを用意するというプログラムでした。なので、少しでもスムーズにグループワークに移行できるように、グルーピングをあらかじめ行うことを意識しました。

しかし、Nサロンは蓋を開けてみないと参加人数がわからない、という構成だったので、なかなかここは苦労しました。前日の夜中まで、ディレクターの平野さんに対応していただき、得意の整理術でなんとかなった感じでした。(平野さん、ありがとう

進行台本のデータはこちら

というわけで、直前までやりとりした進行台本のデータは、googleスプレッドシートにまとまっています。もしご興味がある方は、そーっとのぞいてみてください。

そして本番は、有賀さんがこの台本をもとにご自身の言葉に書き換えられ、見事なファリシテーションをやってのけられていました。さすがです。

雑感1:物語に出会いたい

ここからは完全に雑談です。

今回のワークショップ、設計者としての反省点はいろいろありますが、現場で見ていてめっちゃくちゃ面白かったんですよね。なんで面白いと思ったのか理由を考えてみたのですが、どうやらぼくの欲望は、ワークショップそのものをやりたいというよりも「たくさんの個人の物語に出会いたい」というものであるようです。

ぼくたちが普段いろんな人とする「会話」は、未整理な言葉をぷかぷかと浮かべては消えていくものですが、話し手と聴き手のインタラクションをうまくつくりだすことで、ある種の流れをもった豊かな「物語」が生まれるのだとすれば、ワークショップを通してそういうものに出会えたら嬉しいなと。

雑感2:インタビューという共同作業

今回、傾聴をテーマにしつつ、思ったことがあります。

「インタビュー」っていう言葉あるじゃないですか。あれ、分解すると「inter-view」になって、interって「相互〜〜」みたいな時に使われるやつだから、で、「相互視点」みたいな意味になるんですよね。

発達心理学では「共同注視」という言葉があって、親と子が同じものを見て意味を共有する、というプロセスのことを指すんですけど、interviewってまさに共同注視じゃん、って思ったんですよね。

そして、上で「語り手と聞き手のインタラクション」って何気なく書いてますけど、インタラクションも「inter-action」になるわけで、「相互作業」っていうか「共同作業」とも言える。

1人の人がただ語るだけではなく、聴き手との共同作業で「物語の軸」あるいは「自分の起点」のようなものを探っていくんだなぁ。聴き手って、いてくれると嬉しいんだなぁ、などと思った次第です。

「話し言葉」から「書き言葉」へ

それから、今ぼくが楽しみなのは、noteに感想を書いてもらうことです。

さっそく書かれたsonoさんのnoteが、胸に染み入るような文章でした。有賀さんのコメントと合わせて、ぜひ読んでいただきたいです。(このヘッダーの画像が結末部分の伏線になっているようです!)

こんな風にして、語ったことについてまた新たに語り直される。しかも、ワークショップでは「話し言葉」で、noteでは「書き言葉」で。

心理学者のヴィゴツキーは、発達において「話し言葉」と「書き言葉」の往復の重要性を指摘しています。いわく子どもの言語は、頭の中のひとり言のような思考と「話し言葉」と「書き言葉」を順番に覚え、今度はそれらを往復しながら発達していくと言います。

ヴィゴツキーの発達観をなぞるように、サロンの場で思考し、話し、noteで書く、というプロセスを歩んでいくと、学びが深まる仕組みになっているんだなぁ、すごいなぁNサロン、、、。

ぜひ、家庭料理の新デザインのワークショップに参加された方で、ここまで読んでくださった方には、感想を、ちょっとでも良いので書いてもらいたいです。読みたい。

おわりに

Learning by Teaching(教えることで学ぶ)という言葉があります。

このワークショップで目指したのは、

Searching by Talking(語ることで探す)
Learning by Writing(書くことで学ぶ)

というものだったのかな〜なんて思ったり思わなかったりしています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

打ち上げでの和民にて。紺のジャケットはユニフォームです。

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アート/ワークショップコラム

臼井隆志のコラムをまとめています。アート、ワークショップ、ファシリテーションについて書いています。
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コメント1件

臼井さん、素晴らしいnoteありがとうございます!このワークショップのスタイルは、いろいろなことに応用できそうですよね。実際このワークショップを作るプロセスでも、私が自分の考えていることを臼井さんに傾聴いただき、平野さんがいい傍観者になってくれたことによって、トライアングルが機能して新たな物語ができた、そんな入れ子になっていたなと思いました。
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