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赤ちゃんが風船をもったら歩行が安定したという話

こんにちは、ワークショップデザイナーの臼井隆志です。今日は「風船を持つと赤ちゃんの歩きが安定する」という面白い研究をご紹介しながら、「ライトタッチコンタクト」という理学療法の考え方と、そこからに見える日常の運動サポートについて書いてみます。

1歳ごろにつかまり立ちをし、両手を離して歩きはじめる。赤ちゃんの成長を象徴するようなシーンです。しかし、なかなかつかまり立ちから二足歩行ができるようにならない、二足歩行をしても数歩でぺたんと座ってしまう、など、しばらく不安定な歩行をする子も少なくありません。

そんな歩きはじめの赤ちゃんたちに、風船を持たせてみると歩行が安定し、歩く距離が伸びるそうです。

これは、県立広島大学教授の島谷康司先生や横浜国立大学の島圭介准教授らによる『風船把持が歩行獲得を促す-初期歩行遅延に対する新しい歩行支援システムの提案-』という興味深い研究の成果です。(島谷先生はぼくにとって赤ちゃんの発達研究の師のような方です)

どのような研究なのかをかいつまんでご紹介します。

ライトタッチコンタクトとは

「風船を持つと歩きが安定する」という現象は、「ライトタッチコンタクト」という考え方に基づいて解釈できるそうです。「ライトタッチコンタクト」とは、100g以下の力で指先が何かに触れていると姿勢が調整されるという現象です。

なんのこと?と思われたかもしれません。実際に体験してみていただきたいです。

① 机や壁など触れられるものの近くに寄ってください
② 目を閉じて、足を閉じて立ってください
③ 片手の指先で机や壁に触れてみてください

いかがでしたか?安定感は得られましたか…?ぼくは「お!」という感覚になりました。

目を閉じると、自分の体の位置関係が分かりにくくなります。さらに足も閉じると、姿勢が安定しなくなります。そんな不安な中で、指先が安定した物に触れさせると、とたんに身体が支えられるような感覚になります。

不思議です。人差し指を触れるだけで手、肘、肩、背骨、膝、肘といった関節部分がどこにあってどんな位置関係にあるのか、瞬時にモニターできたように感じます。目を閉じても自分の身体がイメージできるようになる。ボディイメージがクリアになる。そんな感覚です。

この効果を「ライトタッチコンタクト(LTC)」と呼ぶそうです。実際リハビリテーションなどの場面では、高齢者や怪我をした人が自分の力で立って歩くことを支援する時に有効な方法だとか。

風船で実験

そしてこの「ライトタッチコンタクト」を赤ちゃんに応用したものがこの風船把持に関する研究だと言えそうです。実験方法と研究結果を要約すると以下のような形になっています。

実験① 比較 普通に歩く:風船を持って歩く(3軸加速度計+ビデオカメラ)

結果①  風船を持った方が身体の揺れが減り、歩行距離が長くなった!

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実験② 比較 玩具を持って歩く:風船を持って歩く(3軸加速度計+ビデオカメラ)

結果② 玩具よりも風船の方が身体の揺れが減り、歩行距離が長い!

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実験③ 片麻痺児には有用性はあるか(3軸加速度計+ビデオカメラ)

結果③ 大きな差は見られなかった…。

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実験④ 風船を持って歩くとき、体の中に何が起こっているか(3軸加速度計+ビデオカメラ+シート式下肢加重計)

実験④ 片足で立っている瞬間の体幹のブレが減っていることがわかった!

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片足で立っている瞬間の体幹のブレ?

興味深いのは④の結果です。風船で歩行が安定するのはなんとなく理解できるが、一体何が起きているのか。どうやら、片足で立っている瞬間に体幹のブレが減っているそうなのです。どういうことか。

歩くという動作は大雑把に分けると、①両足が地面についている状態、②片足で立っている状態、③体重が前に移動している状態の3つに分けられるます。

風船を持つことでこの②の状態のブレを減らすことができるそうです。

これから街で風船を持つ1歳児をみたら、目が離せなくなりそうですね。

ごくわずかな力で、持っている力を発揮する

風船を持たせるだけで歩行を安定させるという現象は、ぼくたちの赤ちゃんへの運動サポートの方法を再考させるものだと感じました。

「あんよはじょうず!」という掛け声とともに、赤ちゃんの歩きを支援する様はCMなどでも昔からよく見かけます。あの場面、よくみると、大人が赤ちゃんの手を引っ張りあげていることが少なくないように思います。そんなふうに「見かけは赤ちゃんが歩いているけれど、実質は大人が引っ張りあげている」というようなサポートをしているのではないか?ということを考えさせられます。

この研究から考えられることは、必ずしも風船でなければ歩行支援ができない、というわけではありません。ごくごくわずかに触れるだけで赤ちゃんの身体を引き上げることができる、と言えます。

赤ちゃんには自分で何かをしようとするエネルギーがあります。無理に引っ張りあげたりすることは、そのエネルギーを奪う事にもなりかねません。そのエネルギーを引き出すために、ごくわずかなサポートをする。

もし歩き始めの赤ちゃんの歩行をサポートする機会があれば、まるで風船になったようにふわふわの力でサポートしてみたら、もしかしたら赤ちゃん自身の歩こうとする力が発揮されていることを、指先に感じるかもしれません。

見せかけのかたちだけを達成しようとするのではなく、相手のやろうとする力を感じ取りながら、必要最低限のごくわずかなサポートをする。このことは、子育てのあらゆるシーンでも、ともすれば上司が部下に仕事を教えるときや、妻が夫に家事を教えるときにも通づることかもしれません。

このようなサポーティブな体の使い方に関しては、最近、介護における「ユマニチュード」という興味深い方法に出会いました。このことについてはまたいつか。

まとめ
・100g以下の力で指先が何かに触れると、身体の姿勢が安定する。
・このことを「ライトタッチコンタクト」という。
・実験で歩いたばかりの赤ちゃんに風船によるLTCを与えた。
・風船を持った事で片足立ちが安定し、歩行距離が伸びた。
・赤ちゃんのエネルギーを引き出すには小さな力でよい。
・赤ちゃんのエネルギーを奪わないようサポートすることが大切。
・職場や家庭でもエネルギーを引き出すサポート方法があるかも?

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。いただいたサポートは、赤ちゃんの発達や子育てについてのリサーチのための費用に使わせていただきます。