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赤ちゃんにとって「造形」とは何か

0~2歳の子は「造形遊び」をあまりしません。粘土や絵の具を使うと部屋が汚れます。誤飲のリスクもあります。そのため、家で「造形遊び」をさせる人は少ないでしょう。では、赤ちゃんは造形ができないのか?というと、そうではないと思います。

赤ちゃんにとって造形とは「素材の変形プロセスを楽しむこと」です。たとえば、紙コップをかじること、雑誌のページをビリビリに破くこと、離乳食をテーブルに塗りたくることなどです。

一見、いたずらのように見える赤ちゃんの活動のなかに、ぼくは「造形」の萌芽を見つけました。

タリーズにいって紙コップをかじっていた娘

今日、ぼくは夕方暇になったので、0歳9ヶ月になった娘と一緒に散歩に行きました。近所のタリーズに行ってアイスコーヒーを買ってソファ席につきました。ベビーカーに乗せたままだった娘は退屈しているようだったので、冷水を飲むための紙コップをひとつお店からもらい、娘に渡しました。

すると、嬉しそうに紙コップを持って、両手で持ち替えながら色んな角度から眺めたのち、カプっと噛み付きました。

まあちょっとなら噛んでもいいだろう、と思ってみていたら、コップの縁が凹む感触が面白いのか、夢中になってガジガジかじっています。

しばらくすると、コップから口を離して、じっくり眺めています。

今度はコップの底の面を下の歯でしごき上げるように削っています。

そうやってコップの底に削られた穴が空きました。その穴を、真剣な表情で指でつつきます。そうしたらまた、別の場所をかじり始めます。

そんなふうにして、いろんなやり方でコップをかじっては眺め、かじっては眺めて楽しんでいました。

帰り際、コップを捨てるために麦茶のボトルを渡してコップをもらおうと思ったら泣き出しました。めちゃくちゃ嫌がっていたので「まあ帰るまではいいか」と思って帰路に着いたのですが、まったく紙コップを手放す様子を見せません。

普段なら、持っているものを振り回して投げ飛ばしてしまうのだけど、ベビーカーに乗りながら大切そうに持ち、眺めてはカプリ、眺めてはガジガジを繰り返していました。

口唇探索とフィードバック

このようにして、物をかじっては見ることを繰り返す活動を「口唇探索(mouthing)」といいます。

「目と手と口が交互に使われているときは、集中して探索している」と言われています。逆に、目は他のものを眺めながら、口だけ動かしているときはあまり集中していないときです。

このとき娘は、いわゆる口唇探索活動をしていました。しかし、紙コップが変形していくプロセスは、造形遊びのように見えました。

探索活動は、因果関係を楽しむ活動であるといえます。

たとえば、ボールを赤ちゃんが持っているとします。このボールは投げるとポンっとよく弾み、にぎるとグニュっとつぶれます。

「このボールを持ち上げて離したらどんな弾み方をするだろうか?」あるいは「このボールをにぎったらどう変形するだろうか?」というように、自分の「運動」によって起こる「現象」や「感触」のあいだに因果関係をたしかめることを楽しむのです。

紙コップをかじる活動は、かじるという「運動」によって、紙コップの感触が生じるだけでなく、紙コップが潰れたり穴が空いたりして変形したことがわかります。その変形した場所を目で見て、指で触ることで、その変化を確かめることができます。

つまり、積み木やおしゃぶりのように変形しないおもちゃをかじって遊ぶよりも、紙コップをかじる方がさまざまなフィードバックがあるのです。だから娘はこれだけ夢中になっていたのではないか?と考えられます。

食べることは造形的活動?

似たような活動は、つかみ食べの離乳食の際にも見ることができます。食材を手で持ってテーブルに叩きつけたり、口でかじったものを出したあとに目で見たりする活動です。

これは「食べる」というよりも「素材を変形させる」ということを楽しんでいると言えそうです。つかみ食べは「変形遊び」と「食べること」を両立させる高度な活動だと思います。

ちょっと話は逸れますが、そもそも食事には「造形遊び」の要素があるのかもしれません。ステーキをナイフとフォークで切る、北京ダックを皮に包む、バゲットの上に生ハムやチーズをのせるなどなど、古今東西さまざまな「造形」を食べる人が楽しんでいるものが多いです。

物への「愛着」と「意味づけ」は造形の萌芽

話がそれました。

生後9ヶ月の赤ちゃんである娘は、紙コップを様々な仕方で変形させ、変形したことを触ったり見たりして確かめていました。この「素材を変形させるプロセス」を集中して楽しむことは、造形遊びの萌芽だと感じたのです。

しかし、造形遊びと言い切れない理由もあります。造形遊びにおいて大切な要素に「意味づけ」や「名付け」があり、赤ちゃんにはこれができないからです。

4才の子どもが粘土でかたちをつくっているときに、「これは何?」と聞くと「これは猫だよ!猫が宇宙をとぶんだ」と答えたとします。こんなふうに空想を物に投影し、「猫」「宇宙を飛ぶ」といった名付け、意味づけを行います。空想と物と言葉を往復させる運動が、子どもの造形遊びの特徴だと言えます。赤ちゃんには言語がまだないので、このような活動は行われません。

しかし、赤ちゃんが物への愛着をもつことがわかりました。かじって遊んでいた紙コップを取り上げようとすると、ものすごく嫌がって泣き、紙コップを返すと泣き止みました。このことから、紙コップへの愛着が生まれていたと言えます。

通常、赤ちゃんは人間や動物に似たものに愛着を示しやすいといいます。ぬいぐるみなどは、可愛らしい見た目で生き物らしいこともよくわかるので、愛着を芽生えさせやすいのです。

ぬいぐるみは「生き物らしさを通して愛着を引き起こす」というしかけがあります。一方で、紙コップのように無機的なものにはそういう仕掛けはありません。

にも関わらず、紙コップに愛着を示していたのはなぜか。そこには、物への意味づけの萌芽があったのではないか?と思います。

どこにでもある紙コップを触って変形させていくうちに、どこにでもあるコップが「このコップ」という意味に変わっていったのではないか?それは、造形の萌芽であり、すなわち赤ちゃんには造形遊びが可能であると言えるのでは?

そんなことを散歩の帰り道に考えていました。


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