見出し画像

禍話リライト「梟の部屋」

それは、インターネット黎明期に噂された、ある動画の名前だという。

90年代末ごろ、「梟(フクロウ)の部屋」という動画がヤバいらしい、との噂が一部のネット掲示板で囁かれていた。
しかし、たびたび貼られるリンクはブラクラや違法サイトに繋がる悪戯ばかりで、実際どのような動画なのか詳細は不明のまま、噂だけが一人歩きしていた。
ただ一点、中年の女性が出てくるらしい、ということだけは知られていた。
それは、どこにでもいそうな、例えば近所のスーパーや公園で見かけるような、普遍的でありふれた女性だという。
その動画を見たという者が、それ以降トラウマを抱えてしまい、人混みを避けるようになった、という噂があったからだ。
どう怖いのか、その女性自体が怖いのか、はたまた怖い目に遭うのか。
その他の内容は依然として不明のままで、全てが推測の域を出なかった。
とはいえ、脅かし系の動画ではないか、というのが大方の予想だった。
当時のネットでは、変わり映えのしない一つの画像を眺めていると、突然怖い顔が飛び出す、という類の悪戯が流行っていた。
なかには、間違い探しのようなゲームをさせることでより画像に集中させておいて…といった意地の悪いものもあり、安易にリンクを踏むのは憚られていた。
一方で、脅かし系の動画を見て、人混みを避けるほどのトラウマを抱えるだろうか、とも言われていた。
しかし、肝心の動画が見れないのだから、真相は闇の中だった。

そんな中、動画を見たという者がようやく現れた。
その動画は、かなりマイナーな掲示板にポツンとアップされていたという。
どうも特撮ではないか、と言いながら、彼は動画の詳細と、その後の体験について語った。

子供部屋と思しき、普通の部屋。
その部屋の内部を、奥の天井付近から見下ろすような形でカメラが映している。
すると、部屋のドアが開き、中年の女性が入ってくる。
これといった特徴がなく、どこにでもいそうな恰好をしている。
女性は、散らかった机の上を整理したり、ゴミを片付けたりしている。
子供部屋を掃除する母親だろうか、その姿が10分ほど続く。
やがて、女性がカメラに気が付き、近づいて画面を覗き込む。
どうやら隠しカメラだったようで、訝しそうにカメラを眺めている。
だんだんと、女性がカメラに顔を近づけてくる。
視聴者と女性が見つめ合うような格好になり───
画面一杯に広がった女性の顔が、突然ギュギュギュっと萎んでいく。
まるでストローを思い切り吸い込んだように、顔が細く細く萎んでいく。
ぐしゃりと縮まった異形の顔が大写しになったまま、ぷつりと動画が終わる。

「とにかく、ギュギュギュってすごい勢いで縮むんだ。とにかく、その顔が不気味で気持ち悪くて……」

その顔の急激な変形は、時代を考えると特撮だとしか思えないという。
もう一度見直せば、編集の痕跡を見つけられるかもしれないが、気持ち悪すぎてその気が起きない。
しかし、トラウマになって人混みを避けるほどではなかったので、彼は気分を変えるために外へ出ることにした。

(誰かと会って気を紛らわそう)

友人に連絡を取り、さっそくその動画の話をすることになった。
動画の内容を伝えると、友人が

「なるほど、だから梟の部屋なのか」

と言って、一人で合点している。
どういうことか、と尋ねると、友人はフクロウの持つとある習性について教えてくれた。
ある種のフクロウは、危険を感じると木に擬態する習性があり、その際に顔や体を細く縮ませる。
それを知っていた誰かが、急激に萎んだ女性の顔を見て、通称として「梟の部屋」と名付けたのだろう、と。

「へ、へぇ、お前物知りだな……」

その日はどうしても一人で部屋に帰る気が起きず、友人に頼み込んで部屋飲みをすることになった。
恐怖を紛らわすために、その夜はつぶれるまで飲んだという。
翌朝、友人を帰したあと、彼は予定が入っていたことを思い出し、二日酔いの状態で飲み散らかした部屋を後にした。
友人と飲み明かし、予定を挟んだうえに二日酔いで頭は冴えない。
そんな状態なので動画のことはすっかり忘れていた。

(やっぱり持つべきものは友達だなぁ)

などと思いながら、用事を済ませて夕方帰宅した。

「あれ?」

さんざん飲み散らかした部屋が、きれいに片付いていた。
たしかに出掛ける前は、ぐちゃぐちゃと散らかっていたはずだ。
それなのに、空き缶などのゴミは袋に纏められ、散乱した漫画や衣服は整頓されている。
乱れていたベッドまできっちり整っている。
友人は先に家を出たはずだし、そもそも自分たちはそこまできっちり掃除するタイプではない。
一体だれが、なんで……。
そこで、彼は動画のことを思い出した。
黙々と子供部屋を掃除する女性。
こちらの視線に気が付いて、カメラを覗き込む女性の怪訝な顔。
そして、何かを吸い込むように頬を窄め、急速に萎んでいく異形の顔。

彼はしばらく友人の家を転々とすることになった。
動画の正体を確かめるため例の掲示板を開いてみたが、その時のリンクは既に切れており、動画は消えていた。
もう一度動画をあげてくれないか、と書き込んだ。
しかし、動画が再びアップされるとこはなかった。
ただ、彼の書き込みに対して、一言だけレスがついた。

───あなたはもう見たんだから、いいじゃないですか───

それ以来、その掲示板にいる顔も知らない無数の住人のことも不気味に感じるようになり、次第に寄り付かなくなった。
また、スーパーの買い物客や街中の雑踏に中年の女性がいると、あの動画の人じゃないか、自分と目が合うと急に顔が萎むんじゃないか、と不安で堪らない。
今では、人混みがトラウマになったという噂の人物の気持ちがよく分かる。
妄想や思い込みだとしても、あの顔が頭から離れない。

「怖くて仕方ないんです。もしかして、”見ちゃいけない”動画だったんじゃないか、って」

あれから二十数年、彼は今でも、自分と同じように「梟の部屋」を見た人がいないか探しているという。
あの動画は確かに特撮だった、作り物だったと、それを確かめるために。





この記事は、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし・編集したものです。

禍話インフィニティ 第二十五夜(2024/1/6)
「梟の部屋」42:15はごろからになります。

参考サイト
禍話 簡易まとめWiki 様

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?