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禍話リライト「大首の家」【怪談手帖】

「今でもまだ怖いんだよ、ずっと。考える度にドツボに嵌る気がして…本当は考えない方がいいんだろうけど……」

話者であるAさんは、今の職業や年齢については明示しないで欲しいと言ってこの話を切り出した。
彼が大学生の頃、曰くつきの家で目撃してしまったモノの話。

それは地元では有名な、とある事件の舞台となった一戸建てだった。
報道ではぼかされていたものの、被害者である女性が異様な状態で見つかったというのが半ば公然となっており、それでいてどういう状態だったのかについてはてんでばらばらな錯綜した情報が飛び交っていた。
そして、空き家として放置されてから十数年ほど経つうち、いつからかお定まりのような怪談話が生じていたのだという。

「”顔の家”だとか、”首お化け”だとか…ふざけた奴らは”ビッグフェイス”なんて呼んでたな」

Aさんの記憶する限り、それらの呼称はよくある体験談から、という訳ではなかった。
その家に”出るモノ”を映したとされる、ほんの十数秒間の映像。
それがVHSテープだったりDVDだったり短い動画データであったり、いくつかの媒体で出回っていたのだという。

「俺と仲間が見たのは携帯の動画、たしか大学の掲示板で回ってきたやつだったかな」

簡単に口述できるぐらい簡素な内容だというから、そのまま教えてもらった。

曰く、がびがびとしたかなり画質の悪い映像で、薄暗い屋内の廊下が映されている。
そして特に動きのない十秒ほどの後、動画が終わる間際に、一瞬だけそれは現れる。
廊下の突き当りの右側の壁の向こう、そこから大人の全身よりも大きい、明らかに寸借のおかしい人の顔が出てくる。
詳細も分からぬ中、画質の悪さや尺の短さが却っていい具合に不気味さを掻き立てて、彼らの通っていた大学をはじめ、地元では大いに恐れられていたらしい。

「でも、俺たちは怖がってなかった。別にイキってたとかじゃなくて…」

Aさんは大学の創作系サークルに所属していたのだが、そもそもの殺人事件と発見時の状態がどうだったのかについてをあれこれと調べていた。
その一環で、ある時例の映像をPCに取り込み、仲間と一緒に検証してみた結果、動画内の顔はごく初歩的な編集技術を使った合成であることが判明してしまったのである。

「身勝手な話なんだけど、がっかりして腹立てちゃってさ」

彼らは半ば腹いせのように件の家への突撃を企画し、週末に飲み会を行った後、数人ほどで乗り込んだのだという。
廃墟といっても見た目はそれなりに綺麗なままだったそうだ。
入口の鍵が壊れていることを知っていた彼らは、酒の勢いに任せて騒ぎながら家の中へと踏み込んでいった。
そして、十数分の後、半泣きの状態で倒れたり転んだりしながら逃げ出してくることになった。

「大の男がさぁ、揃ってわぁわぁ泣き喚いてみっともなかったけど…それどころじゃなかった」

待機していた他の友人たちに一体何があったのかと聞かれ、Aさんたちは血の気の引いた顔のまま、”本物だった”と口々に告げた。
事件現場である奥の寝室へと向かう廊下、何度も動画で見たその廊下の先で、大きな顔───明らかに寸借のおかしな女の顔───が映像のとおりに右側からゆっくり出てくるのを目撃してしまったのだと。
(あの映像は確かに合成だったはずだ…)
涙の跡も露わに言い合う彼らの姿は、家の怪談に箔をつけるのには十分なもので、これを機にその家も出回ってる映像も益々怖がられるようになったという。

ここまでが、彼らの地元で広く知られている話である。
つまり、彼の告白はこれで終わりではない。
彼らが肝試しに行ってから十数年が経った後、例の一戸建てはようやく取り壊されることになった。
曰くつきの家ということもあって、月並みな祟りなどなんだのを心配する声もあったが、無事に工事は終わり、とにかく買い手がついて家のあった場所はかつての雰囲気を残さない別の顔となった。

「そこで初めて、もう大丈夫かもしれないと思う事ができた」

Aさんはそう言った。

「ずっと吐き出したかったけど、できなかった」

彼はそう言いつつ、僕へと───思うに地元の知り合いではない相手に吐露したかったのだろう───話を続けた。
仲間とのあの家への突撃体験について、ずっと嘘を付いていたのだということを。

「あれは…でかい顔なんかじゃなかったんだ……」

薄暗い廊下の向こうの角、大人の背丈ほどもある巨大な顔。
そんなものは出なかった。
あの動画に写っていた大きな顔は、確かに合成で捏造された怪異であったのだと。
では、一体何だったのか。
ライトを片手に掲げ、暗い屋内へと踏み入って、角を曲がり奥の部屋へと続くあの廊下に踏み入った瞬間、Aさんを含めた全員が動けなくなった。

「本当に立ってるままでガチガチに固まっちゃって、息が苦しくなって、全身が痺れて、すげえ痛くって」

立ち尽くしたまま全く動けない。
声も出せず、互いに言葉を交わすこともできない。
瞬きすら意識してはできなかったというのだから相当である。
そんな状態で、視界の右側から顔が覗き始めた。
廊下の向こうの角から、などではない。
自分の顔のほんのすぐ前、ほとんど触れるか触れないかというすれすれの近さに。
体温が感じられそうなくらい、あるいは毛穴が見えるくらいに。
ライトの灯りだけという状況を考慮しても、明らかに彩度の低い知らない女の顔がそこにあった。

「気配なんて全くしなかった。それどころか俺の右側に人が立てるスペースなんてないんだ、壁なんだから」

それなのに、それは何も無いはずの右側から、血の抜けきったような肌の色が視界を覆いつくすように現れた。
長い黒髪が鼻先や頬をくすぐるようにざらざらと流れて、真っ白い眼の中にぽつんと付いたような小さな小さな瞳が、顔が出てくるにつれて少しづつこちらを向いてくるのがわかる。
恐怖の時間の中で、瞬きもできずに乾いていく目を余所に、耳がすぽ、すぽぽという奇妙な息の音をも捉えてしまった。

「それからなにがどうなって、どうやって逃げ出したのかもぜんぜん憶えてない……」

真っ暗な家の外の道で、泣き喚きながら拙い言葉を交わし合ったところ、どうやら仲間も皆全く同じものを見ていた。
視界の片側から現れる知らない女の顔。
つまり、それは同時にそれぞれの目の前に出ていたということになる。

「仲間の何人かはそのままちょっとおかしくなっちゃってさ。別に死んだりはしてないはずだけど…今どうしてるかは俺は知らない」

友人たちのその後について、僕の問いを先に封じるかのように彼は言った。

「安っぽい合成を使ったあの映像の製作者の気持ちが、その時わかったんだ」

Aさんは乾いた笑みを浮かべた。

「…近さを誤魔化したかったんだよ」

寸借の狂った巨大な顔が家の廊下の奥から覗く。
そんな気味の悪いビジョンの方が安全だと思えてしまうくらい、自分の視界の端から現れて、目の前の見える全てを覆っていくあの女の顔が怖かったのだろうと。

「自分より遠くにいるってことにすれば、まだ逃げられそうな気がするだろ?」

そして彼は

「あの顔ってさぁ!」

ほとんど発作のような痙攣した表情で続けた。

「たぶんあれ、笑ってたっぽいんだけど…でもほら、さっき言ったろ?声が声になってない感じ」

すぽ、すぽというような途中で途切れるような呼吸音。

「単なる印象というか直感ってだけなんだけど、首から下が全く想像できなかったんだ。無理矢理想像しようとしても脳味噌がそれを拒否しているような……」

被害者の女性が、本当はどんな状態だったのか。
あの家で起きた事件については、これ以上詳しく調べない方がいいと、そう思ったのだという。




この記事は、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし・編集したものです。

禍話インフィニティ 第三十三夜(2024/3/2)
「大首の家」は46:00ごろからになります。

『怪談手帖』について
禍話語り手であるかあなっき氏の学生時代の後輩の余寒さんが、古今東西の妖怪(のようなもの)に関する体験談を蒐集し書き綴っている、その結晶が『怪談手帖』になります。
過去作品は、BOOTHにて販売されている『余寒の怪談帖』『余寒の怪談帖 二』を参照していただけると幸いです。
電子版はいつでも購入可能です。フィジカルは再販を待ちましょう。
禍々しい怪談、現代の妖怪譚がこれでもかと収録されていますので、ご興味のある方はぜひ。

※「大首の家」については、まだ書籍には収録されていません。

参考サイト
禍話 簡易まとめWiki 様

ヘッダー画像
ぱくたそ 様


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