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差別が持つ本質的な恐ろしさー浦和レッズ差別横断幕事件(中編)ー

 前編では浦和レッズ差別横断幕事件の概要、浦和レッズサポーターの差別、偏見をサッカー愛、球団愛の名の下に擁護的な立場を採る見解への批判的考察を記事にしました。(※1)中編では当該差別横断幕に対する李忠成(り・ただなり/イ・チュンソン)選手の反応についてです。

浦和レッズを退団しなかった李忠成

 李忠成自身は"Japanese Only"の差別横断幕が出た際に、この差別横断幕は自分を非難するために掲げたものと受け取っていた。(※2)忠成の父親である李鉄泰(イ・チョルテ)は、当該差別横断幕を知った忠成は浦和レッズを辞めなければいけないのかとショックを受けていた、と先週紹介した清義明著「サッカーと愛国」の出版イベントで語っている。(※3)忠成のショックを受けた様子に対し、鉄泰は、ここで逃げずに這い上がれとハッパをかけ、忠成を励ましたという。

 また、忠成自身も差別を理由に浦和レッズから退団することで、浦和レッズが差別を許す球団と世間から見られるのを不本意であると考えていた。忠成は浦和レッズで結果を出すことが肝要であるとして浦和レッズに残留を決意した。(※4)忠成は前回の記事で少し触れたが、日本国籍を取得している。排他的傾向を持つ日本社会で朝鮮半島というルーツ、アイデンティティを保持しつつ、日本人として生きていくことの障壁は相当なものがあると言っていい。加えて、忠成が日本国籍を取得したことについて、朝鮮学校出身者の間では厳しい批判の声があり、(※5)それも忠成を悩ませたことだろう。

私たちの中にある在日朝鮮人差別へを指摘する声(木村元彦の見解)

 差別横断幕について、木村元彦は次のように指摘する。

 まず鏡に映ったグロテスクな自分の姿(これはもちろんJリーグを伝える私たちメディアも含めた自分である)を直視してから歩みを始めるべきだ。過去、ブラジル人の闘莉王や三都主アレサンドロが日本のパスポートを取ったときにこんな事件が起こっただろうか?否である。むしろ、浦和サポーターは彼らを「外国人」と揶揄した高名なサッカーライターをしっかりと批判していた。日本人は南アフリカのアパルトヘイトや旧ユーゴスラビアの民族浄化にはいともたやすくNOと言える。それがコリアン相手となると、途端に不寛容になる。

(※6)

木村は、私たちが朝鮮半島や在日朝鮮人に対して差別と偏見を持ちかつ排他的であることをはっきりと述べている。ここからは、前回批判した清義明、吉崎ロナウジーニョのように浦和レッズサポーターに韓国へのライバル意識があり、浦和レッズサポーター特有の仲間意識や球団愛、サッカー愛などを理由に忠成に対する差別行為はないとする考えに対して否定的であることが伺える。浦和レッズサポーターが行った及び黙認した差別横断幕は、木村が指摘するように私たちが抱えているグロテスクな姿であり、それ故にそのグロテスクな姿を認めまいとする心理が働くのではないか。そうした心理の表れが清や吉崎の言動にも表れていると私は考えるのだが、この考えは私がサッカーに精通していないからなのだろうか。読者の皆様のご意見を賜りたいところである。

私たちは在日朝鮮人に向き合わないままでいいのか

 木村が記した「橋を架ける者たちー在日サッカー選手の群像」は、李忠成を除けば基本的には朝鮮学校出身者で日本国籍を選択せずに朝鮮籍ないし韓国籍を保持することが在日朝鮮人としてのアイデンティティを確立する、と考えるサッカー選手を中心とした著書である。同著では朝鮮学校に対するヘイトスピーチや嫌がらせを行う差別主義者に対して立ち向かう在日朝鮮人の姿についても記されている。

 同著は、通名、本名を問わず元々日本の学校に通う在日朝鮮人に対する視点からは記されてはいない。その意味では在日朝鮮人の一部を記した本ではある。とは言え、私たちは朝鮮学校にアイデンティティを感じる人たちがなぜ日本社会に不信を抱くのかということを考えたことがあるだろうか。私を含め私たちの側が朝鮮学校関係者に対して冷淡さについて、北朝鮮との関係が強調される傾向にあるが本当にそれだけであろうか。私たち日本人の中にある自分と異なる存在、とりわけ日本にとって不都合と主観的にみなす存在に対する偏見、嫌悪の感情がないのか、ということがきちんと問われないことには、在日朝鮮人との間の溝は深まるだけではないだろうか。

 加えて、差別主義者の差別的行動は朝鮮学校関係者だけに留まるものではない。前回の記事で言及したが、李忠成に対する浦和レッズ関係のネット掲示板には「帰化しようが何しようが朝鮮人は朝鮮人」とあった。差別主義者はそもそも本質的に在日朝鮮人のルーツを持った人物それ自体を認めることができないのだ。そうした差別主義者に対して私たちは決別、否定する姿勢を明確に示してきただろうか。そのことも問われている。

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 いかがだったでしょうか。次回後編では、当該差別横断幕の本質的問題について考察します。

私、宴は終わったがは、皆様の叱咤激励なくしてコラム・エッセーはないと考えています。どうかよろしくご支援のほどお願い申し上げます。

脚注

(※1)

差別が持つ本質的な恐ろしさー浦和レッズ差別横断幕事件(前編)ー|宴は終わったが (note.com)

(※2)

今も、横断幕の話をする目には涙が。李忠成が「浦和の一員」になるまで。 - Jリーグ - Number Web - ナンバー (bunshun.jp)

大坂なおみ(テニス選手)ー「アスリートたちが変えるスポーツと身体の未来」ーより(前編)|宴は終わったが (note.com)

(※3) 木村元彦「橋を架ける者たちー在日サッカー選手の群像」集英社  P228

(※4) 木村「前掲」 P228~P229

(※5) 木村「前掲」 P268

 朝鮮学校出身者、朝鮮籍保持が正当であり、日本に帰化をすることや日本の教育を受けることを異端とする発想の問題については、拙稿「日朝首脳会談20年 ④-宋安鍾「もうひとつの故郷へ」を読む(後編)-」の中の「宋の生い立ち」を参照のこと

日朝首脳会談20年 ④-宋安鍾「もうひとつの故郷へ」を読む(後編)-|宴は終わったが|note

(※6) 木村「前掲」 P229

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