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伝える使命-澤田大樹「ラジオ報道の現場から 声を上げる、声を届ける」を読む(前編)

 TBSラジオの澤田大樹記者による著書「ラジオ報道の現場から 声を上げる、声を届ける」について3週に渡ってご紹介して参ります。前編の今回は森喜朗元総理の東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長時代における問題発言を追及した澤田記者が質問、問題発言をどのように考えていたかをご紹介して参ります。


森問題発言に対する澤田の姿勢

澤田の森問題発言に対する質問

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会(以下「組織委員会」)の会長であり、元総理の森喜朗が、JOCの臨時評議員会で、女性は競争意識が強いため女性が5人いるラグビー協会の会議は時間がかかるが、組織委員会の女性委員はわきまえているとの問題発言をしたことは有名である。(※1)その問題発言の「釈明」に関する記者会見の場において、森からすごまれながらも質問を続けた記者がいたことは読者の皆さんもご存じだろう。その記者はTBSラジオの記者澤田大樹である。

 森の問題発言は女性に対する傲慢さと尊大さを伴う差別を伴うものだったが、問題発言に対する「釈明」の記者会見も傲慢さと尊大なものであった。澤田によると森の釈明会見は「ぶら下がり」と呼ばれるものであり、主催者が一方的に打ち切ることが可能な形態であった。(※2)また、組織委員会が都庁記者クラブ所属の社会部記者を優先していたため、澤田は記者クラブ所属記者の質問後の自由質問形式で質問することができるよう、記者クラブの記者が陣取った場所と反対の位置についたという。(※3)記者クラブに所属しない記者が取材先で質問がしにくい日本の状況がどういうことなのかがここからうかがい知ることができる。

 森に対してオリンピック精神に反する精神人物が組織委員会の会長をすることの適任性を問いただした澤田の質問に対し「さあ?あなたはどう思いますか」と元総理、組織委員会委員長という肩書を背景に逆質問を威圧的な形で返した森に対し、澤田が「私は適任ではないと思うんですが」と返したシーンは印象に残っている人も多いことと思われる。だが、森の不誠実さはこの質問に留まるものではない。

 森が、問題発言は組織委員会の場で行われたものではないことを強調したことに対し、組織委員会の場でなければ発言をしてもいいということかとの澤田の質問には、組織委員会自体は(問題がなく)いいと主張しているとした。(※4)また、「わきまえろ」とは女性は発言を控えろという意味かと澤田が質問をした際には、場所、時間、テーマに合わせた発言をしないと会議は進まないという意味と森は返した。それは女性に限定される問題ではないとの澤田の指摘には、自分も含めてとの意味と主張した。(※5)ここからしても、森が自身の問題発言の深刻さを理解していない状況であることがわかる。

 さらに、ラグビー協会の女性理事に対する発言に関する質問を澤田がしようとした際、森はそういう話はもう聞きたくないと質問を遮った上で、「面白おかしくしたいから聞いているんだろ」とすごんだ。澤田は「何が問題と思っているかを聞きたいから、聞いている」と返すが、「さっきから話している通り」として質問を打ち切らせたいという様子がうかがえる。(※6)森が何でこんなに問い詰められなければいけないのか、という被害者意識に近い形で澤田に臨んでいる様子もわかる。

自身の問題との兼ね合いで考える姿勢

 この一連のやり取りについて澤田自身は、自身が娘に対して厳しめにマッチョ的に圧をかけていることを自身の妻に指摘されたことを踏まえ、自分の娘が社会に出たときに「わきまえろ」という発言は決して許せないだろうという思いがあったから質問を続けられたと自著「ラジオ報道の現場から 声を上げる声を届ける」で語っている。(※7)また、澤田は2021年5月に日本民間放送労働組合連合会が全国の民放の7割について、自身が所属しているTBSラジオも含め女性役員がいないこと、放送局に男子校出身者が多くそれがホモソーシャルに浸りきる環境を作っており、自身を含めて意識を改めていくことの必要性があるとして次のように述べる。

 ジェンダー意識が欠如したメディアの対応については、自社・他社を問わず私は逐一番組内(注:「荻生チキ Session」を指す) で触れるようにしている。目を瞑らずに向き合うことが、メディアに対する信頼に繋がっていくのではないかと思う。

澤田大樹「ラジオ報道の現場から 声をあげる、声を届ける」P126~P127(亜紀書房)

 社会にまつわる問題を自分の周りの問題として認識するという澤田の姿勢にこそ本来のジャーナリズムに求められているのではないだろうか。では、澤田大樹はどのようなスタンスで記者として臨んでいるのだろうか。その点について次回述べて参りたい。

参考

森東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の問題発言に関する記者会見(澤田記者の質問は14:49から)

【ノーカット】五輪組織委 森喜朗会長 会見(2021年2月4日) - YouTube

私、宴は終わったがは、皆様の叱咤激励なくしてコラム・エッセーはないと考えています。どうかよろしくご支援のほどお願い申し上げます。

脚注

(※1) 森問題発言の全文はこちら。女性蔑視発言以外にもコロナ禍が収束していない中で医学的観点を無視して、オリンピック強行を目指す姿勢も問われるべきであろう。

森会長「NHKは動かないと」/発言全文1 - 東京オリンピック2020 : 日刊スポーツ (nikkansports.com)

森会長「私が悪口を言ったと書かれる」/発言全文2 - 東京オリンピック2020 : 日刊スポーツ (nikkansports.com)

森会長の心境「どんなことあってもやる」発言全文3 - 東京オリンピック2020 : 日刊スポーツ (nikkansports.com)

(※2) 澤田大樹「ラジオ報道の現場から 声を上げる、声を届ける」 P90

 澤田は、記者会見には会場に会見する側のイスを用意し、長時間時間を取って質問に応じる通常の「会見」と、記者が取材対象と歩いたり、取り囲んだりしながら質問をするものの、取材対象者の都合に合わせて一方的に打ち切ることができる「ぶら下がり」の2種類があるとしている。

(※3) 澤田「前掲」P90~P91

(※4) 澤田「前掲」P100

(※5) 澤田「前掲」P100~P101

(※6) 澤田「前掲」P101

(※7) 澤田「前掲」P106

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