見出し画像

「特定世代若年層棄権継続説」(後編)-若年棄権層に関する考察②-

はじめに

 若年層における棄権の背景には何があるのかについて、8回に渡り考察します。今回は2回目です。
 1回目は、三春充希さんが唱えた2000年以降の国政選挙における投票率の長期低落傾向は1990年代のバブル崩壊時に20代であった層の政治不信、失望による棄権が年齢を重ねても続き、また、その後の世代にも継続しているとする説(ここでは「特定世代若年層棄権継続説」と称することとします)をご紹介しました。
 2回目は、三春さんが1990年代の国政選挙における投票率の減少をどのように考察しているか、バブル崩壊前後の衆議院選挙、参議院選挙における投票率の推移を踏まえてご紹介します。
 3回目は、20代を中心に若年層の投票率について、バブル崩壊以前の中選挙区時代の衆議院選挙、2000年以降の現行の小選挙区比例代表制度の衆議院選挙の状況を踏まえて考察します。
 4回目は、20代を中心に若年層の投票率について、参議院選挙での状況を踏まえて考察します。
 5回目は、明るい選挙推進協会が作成した「第 47 回衆議院議員総選挙全国意識調査調査結果の概要」、「第 49回衆議院議員総選挙全国意識調査調査結果の概要」に対する三春さんへの見解、「特定世代若年層棄権継続説」について考察します。
 6回目は若年層の棄権率について、「特定世代若年層棄権継続説」以外の別の観点から考察します。
 7回目、8回目は若年層の棄権について、どのように向かいあうべきかを考察します。
 ポイントだけをお知りになりたい方は1回目、2回目の大項目「1990年代の投票率低下について」、5回目の大項目「「特定世代若年層棄権継続説」についての考察」、6回目をお読みいただけたらと思います。
 以上、長丁場となりますが、よろしくお願い申し上げます。

バブル崩壊前後における衆議院選挙と参議院選挙の投票動向

 前回、2000年代における投票率の低迷は、1990年代にバブル崩壊を経験した20代が政治に失望、不満を抱くことで年齢を重ねても棄権層となり続け、それが次の世代でも同様の状況になることが原因であるとする「特定世代若年層棄権継続説」を紹介した。では、2000年代の直前である1990年代におけるバブル経済崩壊直前と直後の投票率、投票動向はどのようなものだったのだろうか。ここではバブル経済崩壊直近前及び崩壊直近後の衆議院選挙と参議院選挙の投票動向について、20代の投票動向を中心に考察したい。

衆議院選挙におけるバブル崩壊前後及び選挙制度変更後の投票動向

 衆議院選挙について、バブル崩壊前直近の1990年衆議院選挙と崩壊後直近の1993年衆議院選挙の投票率を比較したところ、20代での投票率が10.30%と下落している。ただし、30代、40代でも20代ほどではないにしても7.51%、6.96%と下落の幅は大きく、全体の下落率6.05%を上回っている。 

総務省選挙関連資料「国政選挙の年代別投票率の推移について」
注)赤字と赤の背景は全体より低い値を指す

 次に1993年衆議院選挙と、1993年まで行われていた中選挙区制度に代わって小選挙区比例代表並立制下で行われた1996年衆議院選挙の投票率を比較したい。ここでも20代での投票率の下落は11.04%と大きいものの、30代での投票率の下落も10.97%とほぼ同じ程度下落しているほか、40代、50代でも9.02%、8.73%と下落の幅は大きく、全体の下落率7.61%を上回っている。

総務省選挙関連資料「国政選挙の年代別投票率の推移について」
注)赤字と赤の背景は全体より低い値を指す

参議院選挙におけるバブル崩壊前後の投票動向

 参議院選挙については、1989年参議院選挙での投票率は高いものの、1992年以降の選挙では低落傾向である。1989年参議院選挙と1992年参議院選挙の投票率を比較すると、20代のみならず、30代、40代でも下落幅は大きく、若年層だけが突出して投票率が減少をしている状況にはない。

総務省選挙関連資料「国政選挙の年代別投票率の推移について」
注)赤字と赤の背景は全体より低い値を指す

1990年代の投票率低下について

 統一地方選挙における年代別の投票率が確認できなかったので全体の投票傾向までは断定はできない。ただ、少なくとも衆議院選挙の選挙制度変更後における投票率の減少は、投票の際に政党よりも人で選ぶ傾向が強い日本の有権者にとって、入れたいと思う人がいなくなったことに伴った可能性がある。参議院選挙については、選挙制度の大枠の変更はないものの、1990年代以降投票率が全体として下落傾向にあることは間違いなく、冷戦終了によるイデオロギー対立が終焉したことによる保革両支持層のアイデンティティ喪失、土井ブームでの熱狂が覚めたことなど、さまざまな要因が考えられるが、決定打となる説はない状況である。

 以上までは、三春充希も認めており、1990年から1996年までの投票率の下落はイデオロギー対立の終焉、佐川急便事件をめぐる政治不信、選挙制度の変更が投票率下落の原因としている。また、1989年参議院選挙と1995年参議院選挙の投票率の違いは都市化された地域において投票率が下がっている傾向にあるとしており、「特定世代若年層棄権継続説」によるとはしていない。(※1)

 繰り返しになるが、三春の「特定世代若年層棄権継続説」の特徴は2000年代以降も投票率が1990年代以前よりも低い傾向にある原因をバブル崩壊時の1990年代に20代の若年層が政治に失望し、不信を抱き、年齢を重ねてもその姿勢が変わらないこと、また、それ以後の世代もその影響が続いていると唱えていることにある点にある。その根拠について以下に引用する。(※2)

 1990年以前に社会に出ていった若者は、政治的には自民党と社会党という二大政党がしのぎを削る状況のもとで、就職し、技能を磨き、ボーナスで車を買い、結婚し、子供を育て、マイホームを建て、老後に備えてささやかな貯金を持つというような、ゆっくりとでも絶えず豊かになっていく社会のなかで生きていくことができました。けれども1990年以降の若者は、そうした父や母の世代が歩んだような人生を、もはや思い描くことができなくなったのです。そのような世代が毎年毎年、生み出されて積み重なってきました。

「第3回 投票率の底から『武器としての世論調査』リターンズ―2022年参院選編

 20代の投票率と大卒就職率をあわせて示した図6(筆者注:三春が示している原典の図6からは、大卒卒業者就職率と20代の衆議院選挙投票率が1990年代から相関する形で下がっている)からは、投票率の崩壊とバブル崩壊の時期が重なっていることが読み取れます。これは苦境に陥っていた当時の若者が、政治に希望を持てなくなっていったことの表れといえるでしょう。彼ら彼女らは政治の世界に自らの利害を代弁する存在を見出せなかったのです。実際、この時期の投票率の低下は、20代などの若い世代で特に激しかったのです。

「第3回 投票率の底から『武器としての世論調査』リターンズ―2022年参院選編
(注:「若年棄権層に関する考察① 「特定世代若年層棄権継続説」(前編)」引用の再掲)

 以上、三春が唱えた「特定世代若年層棄権継続説」の特徴について考察した。次回からは衆議院選挙、参議院選挙の投票率の経緯と、各選挙における年代・世代ごとの投票率を比較検討した上で、「特定世代若年層棄権継続説」について検証・考察してまいりたい。

私、宴は終わったがは、皆様の叱咤激励なくしてコラム・エッセーはないと考えています。どうかよろしくご支援のほどお願い申し上げます。

脚注

(※1)

第3回 投票率の底から|『武器としての世論調査』リターンズ――2022年参院選編|三春 充希|webちくま(1/3) (webchikuma.jp)

 なお、1995年参議院選挙では自民党は連立を組む社会党に考慮して公認候補の候補者を複数立てず1人に絞りこんだこと、1人区でもいくつかの県で公認候補を見送ったこともあり、選挙区では1992年参議院選挙で19,711,047票だった票が1995年には10,557,547票と、9,153,500票減らしている。1995年の参議院選挙においては保守票が減少をしたという点と投票率の下落との関係についても検証する必要があろう。

(※2) 三春は「ロスジェネ以降、政治に失望した層が年々降り積もっていった結果、有権者の構造は大きく変わりました。」と、ロストジェネレーション世代における政治的失望層が投票率の低下に影響をしていると読めるような表現もしている。その場合だと新人類世代である1960年代以降ではなく、1971年から1984年生まれ以降の世代となるが、三春がある特定以上の世代は政治的不満はなく、投票率には影響を及ぼしていないというスタンスであることは引用文からもお分かりいただけるかと思う。

サポートいただいたお金については、noteの記事の質を高めるための文献費などに使わせていただきたくよろしくお願い申し上げます。