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2019.9.19 命を燃やしているという感覚

声帯をただの弁として、つまりただの空気の受け皿として空気を送り込む。

声帯をリラックスさせてあげられるだけの圧力をかけ続けるのだから、それなりの負荷はかかるし、かなり疲労する。

実際に出ているやさしい声とは裏腹に、消費エネルギーはそこそこだろう。

快適な室内を生みだすために、ベランダで熱を帯び唸りを上げているエアコンの室外機のようだ。

声は涼しげだけど、体はどんどん披露していく。

あれ、、?

この感じの源泉を辿ると、心の底から気持ちが入らないと使わない筋肉に触れている心地がする。

正直、心の底から湧き上がるものを年がら年中歌い続けることなどできないし、そんな時ってなかなかあるものではない。

しかし、その状態に近い。

体が覚えている、一生懸命の感覚。
もう忘れてしまっていた、泣き叫ぶように訴えるような時の感覚だ。

声は涼しげだが、体はその状態にある。

僕は今、自分の歌声が、これまでで一番好きだ。

それは突然、
命を燃やしているという感覚と共に、訪れてくれた。

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