歌は冒険

 声のことをちゃんと考え始めた最初は22歳の時で、それまでは「音楽は気持ちだ、理屈じゃない」そんな思いだけで、歌っていました。
 いつからか、人前で歌うことで評価されたり、歌を生業にしたいと考えたりしながら、次第に人生という足音が大きくなり始めると、結果の出ない自分自身に疑問を抱くようになり、その原因を探し始めるようになりました。



 そもそものルックスやカリスマ性とかはさておき、機をてらった宣伝方法や音楽性を変えるとか、そういうものに決して迎合してはいけないという気持ちを守り抜くには、自分自身の歌声に原因を見出すしか無かった。

 始まりを思い返すと、今は吸いませんがタバコの本数や食べ物と喉の因果関係から。そのあとは、声と体の様々な因果関係を探りました。
 呼吸を深くするためのプール通い、ランニング、トランペット、ボイストレーニング。発声学の本も読みました。
 声は確かに良くなったとは思いますが、僕が目指している響きにピントが合うものはなかなかありませんでした。
 最近は音程を数セント単位で操るための方法までにトライしていましたが、それも何かが違うと思っていました。
 トライアンドエラーの中で見ていたのは「実音ではない、かすかに感じとれる響き」の方で、目に見えない何かを追いかけている感覚がありました。
 まるで蜘蛛の糸を手繰り寄せているような、頼りない実感でした。今思えば、それは倍音を感じ取ろうとしていたのだと思います。
 そして実体のない「響き」が、倍音とか周波数とか聞き馴染みのあるものに変わった瞬間、景色が一変しました。

 この発見に導いてくれたケーシー・マスグレイブスには本当に感謝しています。彼女のずば抜けた倍音の捉え方がなければ、今この発見はなかったはずです。

 これまでは、とにかく旅を続けるしかありませんでしたが、ようやく宝の地図を見つけた心地で、歌の冒険はこれからが本番だと、そう感じています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?