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2019.9.13 圧倒的にならなければいけない理由

音楽事務所に入っていた時に言われて、ずっと心に引っかかっている事がある。
「人気商売だからね」という言葉だ。

人気者、、、縁遠い言葉だなと思った。

どうしたら良いのかなど、わからないし、今もそれについて考えると絶望する。

例えばうちの猫、トトを見ているとますます絶望する。
人気者は、、生まれた時から人気者の素質があって、それはもう後から手に入らない。
人気を獲得する手段を考えることは、創作活動においては毎朝の通勤ラッシュに飛び込んで行くことと同じような忍耐と疲弊を感じる。

それでも、素晴らしい音楽を聴くと希望が持てる。
僕の尊敬する素晴らしい歌い手はみんな人気者なのだ。
そして圧倒的な声のパフォーマンスを持っている。

僕がこの先、人気者になれる可能性があるとすれは、そんな圧倒的なものを手に入れた時だと思う。
難しいことだが、無理だとは思っていない。
何故ならば、僕にはイメージがある。圧倒的な美学に対する妄想がある。
この道のりの必須アイテムでありパートナー、妄想くんがついている。

一番の敵は、もうダメだという気持ち。
しかしある種の絶望感は必要で、それを感じないと何をするべきか見えてこない。

あと、自己分析をすると、僕の音楽は非常にプライベートなものだと思う。内省的で、誰も知らない自分と向き合う時に必要なものだったりするだろう。
ライブのお客様も、見事にお一人様だらけだ。そんな自分だけの世界に浸るものでもある。
友達を誘って見にくるような音楽ではないのだ。

そこを飛び出すには、、
そこには、品質として人に紹介したいと思うような圧倒的なクオリティーが必要だと考えている。
音楽として素晴らしく、クラッシックのコンサートへ出かけるような信頼感を弾き語りに持たせなければいけない。

子供からお年寄りまで、内容云々を超越する音としてのパフォーマンスが必要だろう。
圧倒的に良いものを聞きに行く!という種類のエンタメ感。

この業界にいる限り、僕は人気商売というテーマと一生付き合っていかなければならない。
そして僕が人気者になれるかどうかは、圧倒的な音楽としての歌声をどこまで高められるかにかかっている。

これからも満員電車に揺られるのと同じ精神的、肉体的な忍耐は続くだろう。

今、どんなに声を挙げても、SNSのリーチは数百人。
この広い世の中的には、ほぼ居ないのと同じ数字。
その事実は、一つの絶望として認識しておく必要がある。

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