2019.3.16 「(h)の効能」

これまでのメモのなかにも、しきりに「吐く」「吐く」と書きなぐられていることについて、闇雲に「吐く」という意識から、進展があった。

そのまえに、

ここ最近ヨガのインストラクターやバレエをやっている姉から、歌声紀行についてのレスポンスがあり、とても勉強になる。
目的は違えど身近にも体についての研究者がいたとは、灯台下暗し。
しかも姉は留学経験ありで、早稲田の英文を卒業している。そのあと、慶応大学で医療を学んでいたり、とにかく見識が半端ないのだ。

カーペンターズの歌う日本語についての記事のレスポンスとして昨日送られて来たのは、音声学についての文献資料。これが、とても興味深い。

母音の前後に「h」の発声が付くかどうかという、ところなのだが、それを見て謎が溶けた。

とにかく、「h」を入れることで、音が抜けるし、音に色気が出る。
しきりに「吐く」「吐くのを忘れない」とか言っているのは、この見えない「h」のことだと思ったのだ。

姉からのメールの引用だが、
たとえば「yes」は「(h)iy(h)as」みないな物だという。
その感覚!すごくよくわかるんですけど!

昔、外人はシャウトする時に顎をしゃくらせるってのを発見したことがあって、真似をして顎を出してyesって言ってみると(当時もなぜか偶然yesで試していた笑)「うわ〜外人ぽい」とか思ったことがあって、あれを思い出しても、やっぱ「h」だわ〜って思う。
顎を出すと自然に「h」が入る。けど、そんなことしなくても、「h」を含ませればいけるぞ。

すごいぞ「h』!

少々取り乱していますが、、我に返って、、、

実際に「吐く」のではなく「h」として認識をして発声すると、その効果は愛しいと思える程だ。大げさに言えば、全ての言葉言葉に「h」の抜けを潜ませても良いかと思うくらいだ。
そして、これはハスキーとはまったく違う。

声を音楽的にする見えない魔法の「key」とでも言えそうなのだ。

わざとらしくならない自然の域でそれを身につけられたら、言葉に一つ「音楽的なオーラ」を纏うことができるはずだ。

もちろん、「h」だけではダメ。

「h」は例えば、音楽的なの列車の乗車券を手に入れるようなもの。
その先の周波数のレールにどんな風に乗っていけるか、そのレールが見えているか。切符を手に入れたあとは、それが必須だろう。

まあ、それだけでも全然足りないのだけど、一歩前進!


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