掌編 透明人間

 ちょっと聞いてくれるかな? これ見てよ。ジャジャーン。これなんだと思う? これは内緒の話なのだけれどさ、誰でも透明人間になれる透明薬なんだ。  

 ああ、そうそう。いろいろあってさ、もう人と関わりたくないんだ。人間関係に疲れたんだよ。どいつもこいつも人を蹴落としたり、自分のことしか考えていなかったりでさ。  

 無になりたい。誰にも視られたくない。誰からも気付かれることない無色透明になりたい。寧ろ透明人間になりたい。透明人間になって自由気ままに暮らしたい。  

 そんなことを打ち明けたら、ドクターモグーラ博士が、実験途中の透明薬をくれたんだ。これを飲めば一時間だけ透明人間になれるらしいよ。凄いだろ?  

 副作用は幾つかあって、ホクロから長い毛が生えるだとか、痔になるだとか、スキップができなくなるだとか、とても重篤で大変な副作用ばかりだけれど、透明人間になれるなら使ってみる価値はあるだろ?  

 透明人間になってさ、誰からも視られないようになりたい。空気みたいに、原子みたいに、風みたいに。  

 そして最終的にはさ、ぼくは女湯に飛び込みたいんだ。えっ? そんな顔するなよ。だって男のロマンだろ? おいおい、笑うなよ。こっちは真剣なんだって。ああそうさ。おっぱいが見たい。もう一度言おう。ぼくはおっぱいが見たいんだ。  

 しかしだ。ここで一つだけ問題がある。ぼくは女湯に飛び込むとき、服を着ていくのであろうか? いかんせん透明薬を飲むタイプの古典的な透明人間では、流石に服までは透明にできないんじゃないだろうか。服着てたら透明の意味なくね? 普通に考えれば一番初めに辿り着く結論であり、初めにぶち当たる壁なのだけれど、今の今まで考えても結局答は出せなかったんだ。  

 でもさ、きみと話していたら、なんだか答が見えてきた気がするよ。きみは不思議な人だなぁ。本当に大切なものって、案外初めからもっているものだよね。臆病な獣の勇気しかり、ブリキの木こりの心しかり、スケアクロウの知恵しかり、ドロシーの靴しかり。あとは勇気を出して踵を三回鳴らすだけ。  

 ってことで、女湯へは全裸で飛び込もうと思う。この際だから透明薬は飲まずに行くよ。