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掌編 天使の部屋

 会社の飲み会。いい感じに酔っ払ってしまいまして、〆にラーメンでも食しまして、そこから徒歩で職場の天使、後輩のマリちゃんを送ることになりまして。

 やっと二人きりになった俺は、下心丸出しで「マリちゃんちでお茶でも出してよ」と、一人暮らしのお部屋に上がり込む気マンマン、ヤル気充分、アルコールで赤くなった彼女の顔を覗き込む。

 そうしたら事もあろうに天使は、「部屋散らかってるから、今日は無理です。先輩ぃ」とか何とか言っちゃって、軽くあしらおうったって、そうはいかない。そんなテンプレでありがちな台詞、俺には通用しない。

 夜は更けて、時間が止まったみたいな街並み。世界は二人だけの物で、我らは新世界のアダムとイブになるのだ。へっへっへ。拝んで、宥めて、突っついて、最後は「散らかってるのなんて気にしないよ」なんて、こっちも笑っちゃうくらいテンプレな台詞でやっとゴーサインを勝ち取り天使は堕ちていく。いよいよ敵城本丸。決戦の地へいざ行かん。

 アルコールで覚束ない手を震わせながら、なんとかかんとか自室の鍵を開けるマリちゃん。初めて入る彼女の部屋の玄関は、女の子の匂いがムンムンして、言っちゃ悪いが、こりゃ何か間違いでも起きなけりゃ、こっちも収まりつかんぜよ。と、この時は、愚かにもそう思っていた。そんな自分は甘かったのだと思う。部屋を一目見た俺は絶句する。

 結果から話せば、部屋は本当に散らかっていた。想像以上に散らかっていた。それはもう千年の恋も醒めるくらいに散らかりまくっていた。

 流石に百戦錬磨のこの俺も、まさか縫いぐるみの切り裂かれた綿で部屋中が散らかりまくっているとは思いもしなかった。クマちゃんやウサギちゃんたちの腹から、だらし無くはみ出た臓腑に、俺の全身が粟立つ。

「お茶持ってきますねー」

 ふぃー。今宵は酔っちゃったことだし、お茶を一杯飲んだら帰ろうかね。汗を拭い、暫くマリちゃんを待つこと五分、彼女は熱々のお茶を彼女は持ってきた。おいおい、今は夏だぞ。
 猫舌な俺は、それでもマグカップに淹れられたお茶をふぅーふぅーして、マッハで飲み干す。

 ばさばさばさばさばさばさばさばさばさっ。

 天使は飛び立ち悪魔が囁く。部屋には羽毛布団の真白い羽根が舞っていた。

「せーんぱい。折角なので、今夜は泊まっていってくださいね」

 断わろうかと思ったのに、酔った所為なのか口元が痺れてきて、上手く話せない。少しして意識が朦朧としてくる。そして臓物が腹からはみ出したクマちゃんと目が合う。