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(翻訳)A.チェーホフ「かもめ」四幕の喜劇

(注)こちらは演出家田中圭介さんからの依頼を受け、2019年に玉川大学の学生公演のために翻訳したものです。

詳しく注を付け、手直ししたバージョンが出版されました。Amazonでも買えますが、私個人に連絡をいただければ送料込みで1600円で販売しています。

かもめ 4幕の喜劇

登場人物
イリーナ・ニコラエヴナ・アルカージナ 結婚時の姓はトレープレワ、女優
コンスタンチン・ガヴリーロヴィチ・トレープレフ その息子、若者。
ピョートル・ニコラーエヴィチ・ソーリン アルカージナの兄。

ニーナ・ミハイロヴナ・ザレーチナヤ 若い女性、裕福な地主の娘。

イリヤ・アファナーシエヴィチ・シャムラーエフ 退役陸軍中尉、ソーリン家の管理人。
ポリーナ・アンドレーエヴナ その妻。
マーシャ シャムラーエフの娘。

ボリス・アレクセーエヴィチ・トリゴーリン 小説家。
エヴゲーニイ・セルゲーエヴィチ・ドールン 医師。
セミョーン・セミョーノヴィチ・メドヴェジェーンコ 教師。

ヤーコフ 使用人。
コック
メイド

舞台はソーリンの地主屋敷。3幕と4幕のあいだに2年が経過。

第1幕


ソーリン家の領地の庭園。広い並木道が観客席から庭園の奥の湖に向かって通じているが、家庭劇用に応急に作られたステージにさえぎられているため湖はまったく見えない。ステージの左右には茂み。数脚のイスと机。
日が沈んだばかり。ステージ上の降ろされた幕の向こうにはヤーコフや他の使用人がおり、咳やトントンと叩く音が聞こえてくる。散歩から帰ってきたマーシャとメドヴェジェーンコが左手から登場。

メドヴェジェーンコ:どうして、いつも黒い服なんです?
マーシャ:人生の喪服。わたし不幸だから。
メドヴェジェーンコ:どうして?(考え込んで)わからない……あなたは健康で、父親がお金持ちではないけど、充分持っている。僕の方がよっぽど酷い暮らしですよ。月に総額23ルーブル、そこから年金まで引かれる。けれど喪服を着はしません。(二人腰を掛ける)
マーシャ:問題はお金じゃない。貧しくても幸せな人はいるもの。
メドヴェジェーンコ:理屈ではそうですが、実際にはこうです。私、母親、二人の妹に弟、でも月給23ルーブル。飲み食いにいくら。お茶にいくら、砂糖にいくら、 タバコにいくら。にっちもさっちもいかない。

マーシャ:(ステージを見回しながら)もうすぐお芝居が始まる。
メドヴェジェーンコ:ええ。ニーナさんが演じて、戯曲はトレープレフ君作。二人は互いに愛し合っていて、今宵二人の心は混ざり合い一つになって、芸術を形づくる。でも私とあなたの心には何の共通点もない。あなたを愛しています、恋しくて家にじっとしていられず、毎日6キロここまで歩いてきて、また6キロ歩いて逆戻り。でも出くわすのはあなたからの無関心だけ。分かっています。財産もなく、あるのは大家族だけ……なんにもない人間と一緒になりたい女性なんてどこにもいませんよね?
マーシャ:くだらない。(タバコを嗅ぐ)あなたの愛は届いているけど、私からはお返しできない。それだけ。(タバコを差し出す)どうぞ。
メドヴェジェーンコ:いりません。

マーシャ:蒸し蒸しする、きっと夜は嵐ね。あなたはいつも哲学するかお金の話。あなたによれば貧乏以上の不幸はないそうだけど、私に言わせればボロボロの服を着て物乞いをして歩く方が何千倍もまし……でも、あなたにはわからないか……。

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