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ミステリ小説における犯人の当て方

目がさめるとあなたは見知らぬ部屋にいた。

簡素な机と椅子がひとつずつ置かれた殺風景な部屋だ。
四方を壁に囲まれ、向かいの壁面にはモニターがかかっている。
見たことのない部屋だ。少なくとも、自分の家ではない。

「はて、妙な夢だな」と考えていると、次第に意識がはっきりしてきた。
コンクリート床の冷たさ、かすかなカビ臭さが、夢にしては妙にリアルだ。
立ち上がると足元から金属のこすれ合う音がした。

ジャラリ……

見るとあなたの右足首には鈍く光る足枷がはめられている。
足枷から伸びた鎖が、壁に打ち付けられた金具まで続いている。
人肌でぬくもった金属の感触が生々しい。
どうやらこれは夢ではない。実感がじわじわと体を蝕んでくる。

なぜあなたはここにいるのだろうか?
昨日は普段と変わらない1日を過ごして自室のベッドで眠りについたはずなのに。

懸命に記憶を辿っていると急に現実に引き戻された。
向かいの壁モニターから低い電子音が響いたのだ。
起動したモニター画面にあなたの見知った顔が映し出された。

「おはよう。よく眠れたかね」

画面に映っているのはあなたの一番苦手な人だ。
学校なり職場なり、大嫌いというほどではないがなんとなく苦手なタイプの人間。相手にはその気がないのだろうが、言動の節々であなたが不快感を感じてしまうアイツ。必要最低限のコミュニケーションはとるが、できれば関わりを避けたいと思う相手だ。

その人間が画面越しにあなたに語りかけてきている。

「驚かせてすまない。まずは、落ち着いてほしい。君には危害を加えるつもりはない。安心したまえ」

普段とは違う芝居がかった大仰な語り口。それすらも不快に感じてしまう。
あなたは怒気を含んだ口調で、今すぐこの妙な空間から自分を解放するように言った。理由や過程はこの際後回しでいい、早急にここから脱出したいのだ、と。

「…………」

答える代わりに画面が切り替わった。

誰かが床にうずくまっている。その手足は縛られ、口には猿轡を咬まされている。

"人質"……、瞬間的に脳裏にその2文字が浮かんだ。
いったい誰だ?あなたは目をこらしてモニターを凝視する。

画面に映っているのはあなたの一番大切な人だ。
家族、あるいは家族と言ってもいいほど親密な人。楽しいことも辛いことも一緒に経験し、分かち合った相手。お互いの良い面も悪い面もよく知っていて、それでも互いに好きでいてくれる人。

その相手が今、無残な姿で拘束されている!
動揺は身体へ伝わり、足元の金属が喧しい音をたてた。鎖の長さは対面の壁までは届かない長さで調整されており、モニターに伸ばした指先は虚しく宙を切った。

再び画面は戻り、アイツの顔が映し出される。

「この人を助けたいと思うかね」

怒りのあまり、思わず罵詈雑言が口から漏れ出た。

「君には今からある挑戦をしてもらいたい。その挑戦に成功すればこの人を一切傷つけず無事に帰すと約束しよう。机の上を見たまえ」

パイン材の古びたテーブルの上に1冊の本が置かれている。小説の単行本だ。
作者の名前は本屋かどこかで見たことがあるが、読んだことのない本である。
何かの賞を取っていただろうか。昔ドラマ化か映画化もされていたような気がする。

「少し古いが、一般的なミステリ小説だ。犯人がトリックを用いて誰かを殺害し、探偵役がそれを解決するフーダニット(Who done it = 誰が犯行を行ったか)ってやつだよ」

近づいて手に持ってみると、思ったより軽い。奇妙なことに、本の後半ページがごっそり破り取られて無くなっている。

「その本はいわゆる"解決パート"が取り除かれている。物語の終わり際、探偵が推理を明かし、トリックの真相が暴かれるシーンだ」

閉じ込められたあなた。そして、破れた本。
大切な人を人質に取られ、いったい何に"挑戦"しろと言うのか?

その答えはすぐに得られた。

「これから君には制限時間内にこの物語の犯人を当ててもらう」

3:00:00 ドン

2:59:59 ピッ
2:59:58 ピッ
2:59:57 ピッ……

人質を取られた状態で推理する

という状況になった時のために、ミステリ小説における「犯人の当て方」を知っておきたい。
はじめに断っておくが、これは本来のミステリ小説の楽しみ方とは言えない。
ミステリーである以上、作家は全霊を尽くして我々読者に謎を提供してくれる。つまり全力で読者を騙してくる。我々読者はそれにまんまとハマり、ラストのどんでん返しで「やられた〜〜!」と天を仰ぐ。この「やられた〜〜!」がミステリの醍醐味だ。犯人を当てようと躍起になって読み込んで、それでも予想外の犯人を暴かれた時の悔しさ。

悔しい〜〜〜!

悔しさのあまり枕を何回か叩いて眠りにつく。
それでも次の日には「ミステリ小説 おすすめ」とかでググる。
「どんでん返し!ミステリ小説◯選」みたいなNAVERまとめを読んでAmazonでポチる。安易にポチる。「1円の本ってどうやって利益出してるん?」とか言いながらポチる。

もし犯人を序盤で明かされてしまったらどうだろう。
オチのわかっている物語ほど退屈なものはない。

しかし密室に監禁され、愛する人を人質に取られた状況であれば話は別だ。
じっくりと文章を吟味して伏線をつぶさに探し回る時間はない。
ミステリ小説読者の本懐にそぐわないが、早急に犯人を当てる必要がある。

ミステリ小説の不文律

ミステリ小説には暗黙のルールが

「あのおー」

ミステリ小説には暗

「すみませんちょっといいですか」

え?何?

「あのですね、ミステリ小説と一言で表していますけども、ミステリ小説の中にはさらに種類がありますよね。探偵小説、本格ミステリ、ハードボイルド、等々。あなたの言うクローズドサークルで探偵が……」

あッッ!INTERNETにはびこる口うるさいマニアだ!
お前は「推理小説」のWikipediaでも読んでろ!

ここでは便宜上、「犯人が人を殺して探偵が解決する」小説を「ミステリ小説」としてひとくくりにする。

ミステリ小説には暗黙のルールがある。

「探偵=犯人というのはダメだよ」
「犯人は物語の序盤で出さなきゃダメだよ」
「謎を解く証拠は読者に全部知らせなきゃダメだよ」
「偶然とか物理法則に反した犯行はダメだよ」

こういうのだ。
暗黙のルールをわかりやすく明文化したものがあるので、興味のある人は「ノックスの十戒」とか「ヴァン・ダインの二十則」とかで調べてみてほしい。

なぜルールがあるのか?
それはミステリ小説がその性質上「作家vs読者」という構造になりやすいからである。古今東西、「読者への挑戦」と銘打って「ここまでが問題編、ここからが解答編!犯人がわかるものなら当ててみな!」というページをわざわざ挟む作品まである。

(島田荘司『御手洗潔の挨拶』講談社 / 1991 )

こういうの。要は対戦である。作家と読者との。
作家は全力で不可解な謎を提供し、読者は全力で見破る。
対戦するからには互いに対等でなくてはならない。
こうしてミステリ界に「作家は読者にフェアであれ」という不文律が醸成された。

ミステリ小説の美学

ルールを守りながらミステリ小説を成り立たせるのは至難の技だ。
そもそも密室で殺人を犯す方法なんて自然法則の内ではパターンが限られている。
記録上最古の密室モノ、ポーの『モルグ街の殺人』が出てから170年以上経った現在、密室殺人の手段は考えられるパターン全て書き尽くされているという人もいる。たとえそうでなくとも、毎年のように新しい小説が発表され、ネタはどんどん食いつぶされているのだ。密室トリックという有限の資源を無限の発想で無理やり補い続けているに過ぎない。

ただしそれはルールありきの話である。
ミステリ小説を書くにあたって、上記のルールに従う必要はまったくない。法律で禁じられたりとかも、ない。
最後の方でいきなり魔法の存在が明らかになったり、空に向かって落ちる性質を持つ鉛玉で殺人を行ってもよい。それを探偵がダーツでたまたま犯人を的中させたりしても、よい。自然法則にのっとらなくていいならトリックは無限にある。

そこまで極端ではないが、今までもルールを破った作品が多く世に出てきている。むしろルールを全て守った作品の方が稀である。
その度に「このトリックはアンフェアだ!」「フェアだ!」という論争が勃発している。

ほっといてよい。

論争が起きるのは論争をしたい人たちがいるからだ。フェア・アンフェア論争は自分たちのミステリ軸を再確認する儀式である。同類と意見のぶつけ合いをするのを楽しんでいるだけである。そしてアンフェアに見える小説は、最終的にわりと許されている。小説は「面白さ」至上主義だからである。面白ければルールを破ってもいいのだ!

それでもミステリ作家たちが80年以上前から語られる暗黙のルールに則ってトリックを作り上げているのは、それが美しいからだ。(あるいは則らないとTwitterで厄介な人たちに叩かれるからだ)。
完全にフェアな立場で読者を綺麗に欺くのは、ある種の美学とも言える。

そして、美学という「パターン」があるおかげで我々は犯人を当てることができるのだ。

こういうやつが犯人!全15パターン

前置きが長くなった。それでは見ていこう。
制限時間内で犯人を「当てに行く」場合は下記の特徴を持つ人物で決まりだ。

1. メインぽい
「メインぽい人物=犯人」はなかなかに美しい。たとえば主人公に近しい人物や、舞台となる館の主である。それらは「メインぽい人物」といって差し支えないだろう。相談に乗ってくれる親友は殺人犯であったりするし、館に集まった数人の男女は何らかの意図を持って集められたりする。

2. 唯一犯行現場にいない
序盤からあッからさまに怪しい人物は容疑者から除外してよい。美しくないからである。逆に一見犯行が不可能な人物は、何らかのトリックを用いて人を殺している。たとえば登場人物の中で唯一犯行現場の近くにいない人物である。ミステリ小説である以上トリックを使っているのだからその人が犯人でよろしい。よろしいったらよろしい。

3. 死亡確認がされていない死体
登場人物が血まみれとなって発見される。しかしこの死亡確認が明確でない場合、だいたい生きていてその後の事件を引き起こしている。死体が無くなる、死体が手に触れられない状況にある、死亡が人づてに伝えられる、脈拍が無いのをきちんと確認していない、などの状況では、死体は生きている。

4. 殺されない美女
ミステリと美女は切っても切り離せない。美女が登場人物として出てきながら、物語の要所に絡んでこないミステリは存在しない。大概の場合、美女は被害者となるが、そうでない場合は間違いなく人を殺している。人を殺すか、裏で糸を引く黒幕である。

5. 二重人格を匂わせている
登場人物(とりわけ主人公)が二重人格(あるいは記憶の混濁)で、別の人格が殺人を繰り返していたパターン。それっぽい伏線にいくつ気づけるかの勝負になってくるが、会話や行動、周囲からの扱いに違和感があるパターンが多い。語り手があったりいつのまにか自分の服装や周りの状況が変わっていることもある。

6. 配役が豪華
犯人は物語において探偵に次ぐ「準主役」と言って差し支えないだろう。実写化の際、制作側もそこに名うての役者を割り当ててくる。結果、被害者やその他脇役とキャスティング格差が出てくるのだ。その作品が実写化されていて、キャストに一人だけ目立つ俳優が紛れていたりすると、その人物がほぼ犯人である。

7. 探偵役である
おい!美学がどうこう言ってたのはなんだ!今までいろんな人が「探偵=犯人というのはダメだよ」と言ってるじゃないか!ヴァン=ダインさんに至っては「探偵=犯人」という図式を用いるのは「恥知らずのペテンである。」とまで言っているのに!いやそこまで言うことないだろ。

と、言ってたらまんまと騙される。

ポイントは探偵ではなく「探偵役」であるということだ。
事件を追うのは、解決のためではなく……?
アガサ=クリスティの探偵ポアロ、横溝正史の金田一耕助など、
シリーズ物での有名な探偵はたしかに犯人ではない。

と、言ってたらまんまと騙されるのだが。

8. 名前に「死」「闇」「犯」「殺」などの字が入っている
「死田 闇助(しだ やみすけ)」「犯殺河原 太郎(はんごろしがわら ふとろう)」など、ちょっと不吉な名前の登場人物の動向には注意しておきたい。怪しい名前の人物がいて、登場人物たちがそのことにまったく触れないまま物語が進行する場合、なんかやらかす可能性がある。

9. 部屋割りを相談する流れだったのに「精神崩壊のさせ方」みたいな話をした

10. みんな圏外なのに一人だけ「アリバイ工作 簡単」でGoogle検索が成功している

11. 手を洗うのに7ページ使う

12. 各人の証言を聞きながらメモをとっているが、いろんなアニメキャラの左目だ

13. 「わたし」と「青酸カリ」を720回聞き間違えた

14. 語尾が「DEATH(でぃいーえてぃえいち)」

15. ぱっと見一般人だが、どちらかというと「聖武装撲殺龍(セイントアーマードボクサツドラゴン)」だ

説明は不要である。

おわりに

以上15選、ぜひとも参考にしていただきたい。
ただし日進月歩のミステリ界、常に裏の裏を行く作品が日々生まれているため精度の保証はできかねる。冒頭の状況で予想が外れて愛する人に危害が加えられるかもしれない。

そこは「よくぞ騙してくれました!」と膝を打ち、
惜しみない称賛を送るのがミステリ読者の作法というもの。

まだまだ続くゴールデンウィーク、本屋に行ってあなたのお気に入りの一冊を見つけてみるのはいかがだろうか。

(おしまい)


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