またSlackでtimesを始めてしまった

・Slackにおけるtimes文化とは
・一度仕事中のチャット雑談の全てを断ったがまたtimesを立てた話
・守りたい節度とこれから

Slackにおけるtimes文化とは

「times」とは、社内チャット等で自分のチャンネルを持ち、短いスパンで発言する社内Twitterのような文化形態である。

私がまだ学生でインターンやアルバイトという形でIT企業に関わって居た頃、彗星の如く現れた以下のブログがきっかけで、Slackを導入していたITベンチャー企業で流行りはじめたと記憶している。

分報、times、timelineなど、様々な呼び方を各社がしているが、要は社内チャットにおけるTwitterである(ここでは最も一般的だと思われるtimesに統一する)。


timesは、カルチャー性とSlackの各機能とが相まって、爆発的に流行った。近年ではTwitterのフォロワー内でも「times文化がない会社には行けない」という話で盛り上がる程だ。


私自身も家庭内チャットを全てSlackで運用しており、その中でtimesを作っている。もっぱら「メモ」になりがちではあるものの、夕方「今日めっちゃおなか空いた」という"気分"を投稿すると妻が「スシ食べにいく?」と反応してくれたりして落ち合ってスシに行ったりする。

自然と投稿した"気分"が"コミュニケーション"になり"結果"になっていく。
「気軽さ」を持った文化形態の1つだ。

times文化の良いところ

先にも挙げた通り、times文化で得られる恩恵は意外と多い。
中でも私が良いと思っている点を以下に挙げる。

心理的な気軽さ
・レベル差が考慮されやすい
・リアルタイム
暗黙知を得るきっかけになりやすい
・コミュニケーション

一番大きな所は「心理的な気軽さ」だと考えている。
概ねtimes文化には"義務"は存在しない。「全員のtimesを見る義務」もなければ「毎日timesに投稿する義務」といったものもない。それは、心理的なハードルを極端な程に下げる。

「さっきから20分悩んでるのに解決しない…でもチームメンバーが会議で居ないから聞けない…」といった場面でも、ただ「〇〇全然わからない」と投稿するハードルは非常に低い。それはただのツイートのような「つぶやき」でしかないからだ。

会議中のメンバーが偶然見てくれて一言コメントをくれるかもしれないし、リモートで作業中のメンバーや果ては別の部署の社員がアドバイスをくれるかもしれない。別の部署の社員に対して「関係するかも分からない」内容を聞くハードルすらも破壊してくれるのだ。もちろん、timesの中で直接解決しなくても「それなら〇〇さんに聞いた方が良いかもね」と言ってくれるだけで、現実世界で遥かに動きやすくなるだろう。

加えて投稿する見る側も「レベル差を考慮しやすい」。「自分のレベルなら5分粘って駄目ならすぐ投稿しよう」だとか「あ、この人このプロジェクト最近入ったから〇〇については知らないんだ」だとか「しばらくマイクロマネジメントした方が良さそうなので彼のtimesはできるだけ見て考え方を知ったりアドバイスをしよう」だとか、各々の「前提」を設定して見ることができる。これは、互いに義務が存在しない事から来るメリットでもある。

timesは「リアルタイム」である。夕会、日報のような一日単位の報告に比べて、その場その場の投稿が多く、互いに心情の変化や課題にあたるまでの過程が共有される場面が増える。心理的なハードルが低い分、解決までのスピードも早くなる事が多く、それは「暗黙知の共有」にも繋がりやすい。もっぱら「課題、解決策、結果」の前段にある過程やバックグラウンドはドキュメントに残されにくいが、その垣根を超えて過程から解決されていくのがtimesだ。「その場で課題にあたっている人」がカジュアルに発言することで、会話が発生し、Slackのログに残り、周囲や将来に伝搬する事は大きなメリットである。

そしてtimesは、何より社員同士の「コミュニケーション」になる。

社員同士の雑談で生産性が高まる」事は近年広く知られている(詳しくは以下のMITラボ、Alex Pentland氏のソーシャル物理学を読むと良い)。

timesは、会社内での課題の他にも技術的、日常的な投稿もされやすく、そこから会話に発展する事も少なくない。
例えば

「ランチで行ったスシ美味しかった」
「どこですか?会社の近く?」
「ここです。静かなので会食とかでも使えそうでしたー!」

だとか

「最近Emacs疲れた…」
「Vimっていう素晴らしいエディタがあるんですよ」
「なんと!今度設定の仕方教えてください!」

だとか。他愛もない会話の中で、同僚の好き嫌いやコミュニケーションの取り方が分かるのは自明ながら、timesの場合は発信元が自発的に発信しているが故に会話も発展しやすい。無理やり設定される飲み会や強制的に連れて行かれる知らない人とのランチに比べたら、チャットである分そのやり取りも障壁も段違いに軽く低い。

カジュアルさから得られる情報と、他愛のない雑談によるコミュニケーションも含めてtimesは良い文化だ。

times文化の悪いところ

どんなコミュニケーションの方法にもメリット、デメリットがあるように、times文化にも悪いところがいくつか存在する。

すでに過去、何度もそのデメリットがインターネット上で議論されている。

駄目なシーンというのは時と場合によるのだが、私が考えるSlackにおけるtimes文化の悪い点を3つ挙げておく。

・井戸端会議
・人数に対してスケールしない
・承認欲求を刺激する

上記ブログ記事やツイートのように、timesは「井戸端会議」になり得る。タバコ部屋以上という表現については、過剰すぎるとは思うものの、timesで発生する会話が井戸端会議になり得る事は間違いない。

カジュアルさとスピード感がある反面で「それ全社チャンネルで言ってくれたらtimesで会話してる3人より背景を考慮した良いアドバイスが出来たし事前の確認も怠る事はなかったのに、timesで決まって開発し始めちゃったら手遅れじゃん…」という事は少なくない。

timesは「義務がない」代わりに「どこまでをどのチャンネルに投稿するかが個人に問われる」のだ。

そしてそれは「人数に対してスケールしない」事にも関係してくる。
数人〜数十人のうちは先述のメリットを存分に享受できるが、人数が増えるにつれて見るtimes、見ないtimesがそれぞれ生まれ、timesの投稿量や質が多様になり始めていく。全てのチャンネルを追う事が業務中に不可能になった時、timesは一気に井戸端会議になるし、その多様性を無理に受け入れようとすると多くの業務時間をtimesの選別や巡回などに取られる事になる。

加えて、timesは人数が増えれば増える程「承認欲求を強く刺激する」コンテンツとなりがちである。

多くの場合同僚というのは一日の多くの時間を共有する身近な人であり、共通するバックグラウンドや技術、目的、志向などを持って集まる事を考えると、ある共通の話題で盛り上がるのは仕方なのない事である。
Slackには「リアクション」や「スレッド」といった機能が話題の盛り上がりをサポートしている事もあり、一時的な話題で変に盛り上がる事はよくある。そしてそれは長年の友人同士で盛り上がった時のような快感になり、承認欲求とも表現される何かに変わる瞬間が少なからずある。

メリットとして「見る側がレベル差を考慮しやすい」等を挙げたが、承認欲求の概念が混じりはじめると、これも話が変わってくる。
「同じ人が同じ発言をしても付くリアクションや返答の数が変わる」「いつもチャットで話しているあの人が常に話題の中心」という現象は人間の性として避けられず、そうした先に雑談による生産性向上の範疇を超えた「社内で一日中仕事しないで雑談してるオッサン」のSlack版「常にSlackで何か投稿してる謎の人」が誕生するのである。

さらに厄介になると、発言が過激になり始める。Twitterと同じだ。
社内の新しい制度に斜め上から鋭い風のコメントをしてみたり、どうしても話題を供給したくなりネットから話題の記事を拾ってきてはてなブックマークのような辛辣なコメントをしてみたり。

timesは閉鎖的、自発的なイメージが強いものの、実際にはかなりオープンでSlackの検索機能を使って誰でもすぐ見つかるような場所である事実がある。にも関わらず、timesは多くの社員が入ったチャンネルに比べてカジュアルに承認欲求を満たす投稿をつい口走ってしまう状態が生まれやすい。

もちろん人間誰しも体調や精神面での波が存在する。その波によって投稿の仕方も変わってくるし、受け取り方も変わってくる。timesのカジュアルさはその波による負の投稿の閾値を下げ、時に人を傷付ける事になる


具体的に避ける事を考えると、Slackというアプリの性質上、感覚的にtimesアクティブユーザが30~50人を超えた辺りから把握が難しくなり、100を超えた時点ではもうtimes文化自体を卒業、あるいは廃止にした上で、全社や部署、チーム単位でのカジュアルなチャンネル等に移行していく必要があると考えている。それによって、心理的なハードルこそ上がるもののtimesで発生する井戸端会議のデメリットよりは幾分かマシになるだろう。

こう考えて、timesを「会社としていずれ卒業しなければいけない文化」と捉えると、受けられるメリットを考慮しても成長していく会社という形の中では少し受け入れ難くなる。

一度仕事中のチャット雑談の全てを断ってみた

私自身はフォロワーがやたら多い。

その分、直接嫌味も言われる事もあるし、Slackであれば「〇〇社のSlackであれこれ言われてた」だとか「〇〇さんのtimesで〜」という怪情報もめちゃくちゃ流れてくる。特段私について何か言われている分には「相性も本人の波もあるだろうし」という感じである。

対して疲弊してしまうのが、多くのtimesや雑談チャンネルを追っていると「知り合いがディスられている所を見る」事が多くあったりする事だ。

IT業界なんて狭いもので、「そのバズってる記事書いたのは元同僚」「フォロワー」「同じコミュニティの仲間」みたいな事はザラにある。また、私自身の職種柄、社内の制度を作っている人とも多く顔なじみになりやすく、「その社内の仕組みを考えたのはあの人なんだよな…」となる事もある。

エンジニアとして技術関連で技術的な部分への提言なら受け入れられるが、はてブや5chのような人格批判に近いコメントが知人に投げられているのを見ると、どうしても「う〜ん…」となってしまうし、その投稿者は同じ会社に居るわけで、「そこで疲弊したり、バイアスを持って仕事するくらいなら切った方が」と思う気持ちが募っていた。

そして何より、自分がそういった発言者側になってないと言い切れないのがモヤモヤしていた。

思い返せば言葉を選べばよかったシーンはいくらでもあるし、多くの人が盛り上がってる会話に入りたい気持ちは確実に強くある。承認欲求が弱くてTwitterのフォロワーが増えるかという話だ。「人間盛り上がってしまったらクローズドでない事を忘れがち」これもTwitterで学んだことだ。


そんな背景もあり、業務に集中する意味も含めて、業務に関連しないチャンネルから全て抜ける生活を半年以上に渡って送ってみた。


実際半年ほど、続ける中で「あのtimesの面白い話見た?」「いや、全部抜けてるから知らないですね」のような会話こそ数回あったものの、業務に関しては全く支障はなかった。むしろ、チームや部署のチャンネルに投稿したりする必要性に駆られ、かつ内容も精査した上で投稿するようになったため、良いこともあったと感じる。

まあ、この辺りは私が自発的にtimesを断った背景や、私の性格、業務内容やレベルが関係してくる事なので一概には言えないが、「timesは無くても別の施策でカバーできる」「無くても困りはしない」「timesのデメリットを回避できると心理的に安全」という事だけは強く言えると思った。

またSlackでtimesをはじめた

転じて、以下転職エントリにも書いたとおり、今年2月に私は転職をした(noteでの転職エントリはnote運営企業のCTO曰く「闇」らしいのでタイトルが変更されているが退職エントリである)。

転職後も2ヶ月ほどtimesを作らず、チャットを最低限見るだけとして業務に従事していたが、今週ついに #timeline_skawai を作ってしまった。

きっかけはシンプルで、偶然社内で「#timeline_hoge というチャンネルもありますよー」といった発言があり、純粋に便乗した形だ(弊社ではtimelineと呼んでいるらしい)。

ここで便乗しておこうと思ったのにはいくつか理由があった。

1つに「会社の規模の変化」があり、現在の弊社くらいならtimesもメリットが大きいだろうと思ったからだ。

もう1つ「役割の変化」があった。ある特定サービスの機械学習エンジンを作成してきたこれまでと違って、現在は全社内を横断するプロジェクトを複数進めるような仕事をしている。

社内政治でプロダクト進行が決まるなんて事はない前提こそあるものの、社内を横断する時、社内コミュニケーションを潤滑にする事で自分の技術をより活かせるようになるとも思った。先に上げたようないくつかのデメリットを享受したとしても、何かをやらないで失敗する事に比べたらやる方がマシなので、社内のツールでも機会も逃さずまず始める事から始めた形だ。

上司がMLもそのPMもHRも全部やってる頭おかしい人なので、負けないよう出来ることは全部やっていきたいという気持ちが強く、timesでも沢山の人とやり取りしたいと今では思う。

守りたい節度とこれから

デメリットの部分で「人には波がある」とは書いたものの、正直それは自己防衛も兼ねた言葉で、未だに良くないタイミングで良くない言葉を吐くときもあると思う。今もなお様々な場面で発言者側に回っていると思うし、それが誰かの心理的安全性を侵害しているかも知れない。

失敗した後、怒られた後に社内チャットでワイワイやっている人を眺められる人はそう多くはないだろう(自己防衛として回避するしないや外に感情を出す出さないは人格に依るだろうが)。


相反して、良いチームで良いプロダクトを作っていくには、プロジェクトを推し進めるだけでなく、設計やプログラミングにおいてもリーダーシップを全員が個々に発揮する必要がある事は自明だ。

社内の沢山の人とコミュニケーションを取って、社内の人のも社外にも色々なモノをもたらしたい。節度を持って、デメリットよりメリットを強く感じさせられる人に、私はなりたい。


おわりに

私自身完全な八方美人という訳でもないし、Twitterでも沢山ブロックされている訳で、これもまた他所でダブルスタンダードっていっぱい言われると思うけど、なんとかなると思う。

いっぱい成長してなんとかしていくだけの力を付けていくぞ。

おわり。


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ばんくし

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