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【360日目】:老いることの意味

ご隠居からのメール:【老いることの意味】

老いるとはどういうことか。開けてびっくり玉手箱、太郎は白髪のおじいさん、という悲哀をかみしめることか。いや、白髪は一本も残っていないぞ。歯もみんな抜けてしまった。目は一寸先も見えない。そのうえ、足腰はめっきり衰え、味覚嗅覚障害に悩まされ、認知症が進行中の老いさらばえた身体ーーこの状態で生きていくことに何の意味があるのか。

それでも意味はあるのだと、フランクルなら言うだろう。自分の老いではなく、他人が老いの意味を見つけるのを助けることに意味があるのだ。

そんな人助けをする余裕はないかもしれないが、老化には進行の速度や程度に個人差がある。人は誰もが同じように老化が進行するわけではない。要するに、一人一人の健康寿命をのばせばよい。健康寿命がつきたときが寿命だ。それまで、健康寿命をのばせばよいのだから、もしかすると、人助けをする余裕があるかもしれない。

すると、老子が飄然とあらわれて、無為自然の極意を伝える。ことさらに知や欲をはたらかせずに、自然のままに生きることをよしとするーーこの考えによれば、老人は老いる意味など問うたりせず、老いるがままに老いさらばえるのがよしということになる。

老化には進行の速度や程度に個人差があることに注目すれば、要するに、健康寿命をのばせばよい。健康寿命がつきたときが寿命だ。それまで、健康寿命をのばせばよい、という。

フランクル説が正しいか、老子説が正しいか。正解は一つとはかぎらない。じっくり考えれば、もしかしたら、第三の新しい説が見つかるかもしれない。


返信:【Re_老いることの意味】

なるほど、「老いることの意味」か。歳を重ねて経験値をふやしていくことは、善いことも悪いことも含めて、じぶんのこころに蓄積されていくものだけど、できることなら、身体は、あの若かりし頃のままでほしかった。

むかしは、徹夜もできたし、酒もいくらでも飲めた。ジョギングも軽やかだったし、肌もつやつやで、髪もふさふさだ。しかし、いまでは、毎日徐々に老いていっている。

無駄な足掻きかもしれないが、食事制限や酒の量を減らして、休日にはとにかく身体を動かすように努力する。そうしないと、こんどは、こころがやられてしまう。なんとも、生きるということは、悩ましいものだ。

たしかに、無為自然を受け入れて、「足るを知る」の境地にいければよいのだが、なぜだか、頑張ってしまう。そこに希望があるのかわからないが、老いに抗う方法にすがっているのだろう。

老いに意味があるのであれば、それは、次世代への引継ぎ期間なのかもしれないね。いつまでも、最前線にいたいものだが、人の世は変化していく。

「老兵は死なずただ去り行くのみ」だね。


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