【ヤンキーくんvsネットヤンキーくん 前編】9月号


 あれは僕が中学3年生のときだった。いつものように僕たちは学校が終わると、近くの大きな公園でラグビーをして遊んでいた。
 メンバーは僕を含め全員が帰宅部で構成されており、その日は8人が集まっていた。ひとえに帰宅部といっても、彼らはラグビーやサッカーのクラブチームに所属しているスポーツエリートたちなので、なにもしていない純正の帰宅部は僕くらいのものだった。
 ラグビーを始めて1時間ほど経った頃、成績不振により居残りをさせられていたメンバーの1人が到着した。彼の名は平田。彼もまたラグビーのクラブチームに所属している、県代表として全国大会優勝を経験した猛者だ。そんな彼だが、その日はいつもと様子が違った。

「たいへんや!」

 あの平田が深刻な顔つきでこちらへ駆け寄ってくる。これはただ事じゃないと僕は瞬時に悟った。他のメンバーもラグビーを中断して、それぞれが不安と好奇心の入り混じった神妙な面持ちで平田を待っている。
 はじめは掌くらいの大きさだった平田の姿はしだいに大きくなり、やがて僕のすぐ目の前で止まった。

「たいへんや、森!」

 平田は息を切らしながら僕に名指しでそう告げた。僕は固唾を飲んで、彼の言葉が続くのをおそるおそる待った。

「大量のヤンキーがお前を探して学校に襲撃しにきとる!」

 目のまえが真っ暗になった。膝から崩れ落ちる僕の周りで、不安が消え去り好奇の一色になった友人たちは野次馬と化している。僕の身を案じる言葉を投げかけるいっぽうで、その目は爛々と輝いていた。

「あと、高校生のヤンキーもおった!」

 当時、僕は愚かにも「このメンバーならなんとかなるのでは」と考えていた。しかし、あの屈強な平田が小動物のように怯えている様を見て、その幻想は儚くも砕け散った。そもそもこの野次馬どもは僕を守るために戦うなんてことはしないだろう。
 まともな人間なら「ヤンキーがお前を探している」なんて言われても、間に受けたりはしない。なぜなら、まともな人間にはそういった事態に巻き込まれる心当たりがないからだ。しかし、僕がそれを嘘だと疑うにはあまりにも心当たりがあり過ぎたのだ。


 話は3日前に遡る。昼休みの教室でサッカー部の友人たちが、他校のサッカー部にいるというとんでもないホラ吹きについて話をしていた。
 聞くところによると、その男はS中サッカー部に所属している同い年のKという人物であり、SNSなどで自身をユース選手だと偽ったりと、とにかく見栄を張る噓が鼻につくらしい。
 そんな話を聞いているうちに、僕はなんだか腹が立ってきた。もちろんKなど見たことも会ったこともなかったが、当時の僕は彼を許せないと思ったし、然るべき制裁を与えなければならないと思った。その後、僕は制裁を加えるべく、友人からKの連絡先を送ってもらった。

 その日の晩、さっそく僕はKに対するサイバー攻撃を開始した。サイバー攻撃といっても個人ラインで悪口を言う程度のものなのだが、案外Kには効果抜群であったようで、そのうち返信が返ってこなくなった。
 それから数分後、見知らぬアカウントからの追加通知が入り、それを皮切りに次から次へと僕のラインに見知らぬアカウントがなだれ込んできた。内容からしてKの友人であったことは自明だが、全員がとても怒っていた。
 僕はといえば、もはやそこに大義などないというのに、なにか自分が巨大な敵と戦っているような気がして気分が高揚していた。その時代にYahoo!ニュースがあれば、間違いなく僕はヤフコメ民になっていただろう。
 のべ数十名に及ぶKの友人を名乗る者たちが不良であるということはアイコンからおおよそ察しが付いていたが、のちに自身に制裁が下ることなど知る由もない僕はすべてに応戦した。


 平田から知らせを受けた僕は、すぐさまラグビーを切り上げて帰路に着いた。当時の僕は底なしのアホだったので、不良たちは今回の襲撃で満足していて事態は沈静化しているのだろうと高を括っていた。
 家に帰ると祖母から開口一番に、学校から呼び出しの連絡があったことを告げられた。どうやら事態はかなり深刻なようだった。
 それから両親の帰りを待ち、僕はその日、二度目の登校をした。


「後編」へ続く……。

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