喧嘩稼業オルタナティヴ 第一話

注意:本作は『喧嘩商売』及び『喧嘩稼業』の二次創作です。『喧嘩稼業』八巻までのネタバレを含みますので閲覧は自己責任でお願いします。あと作者が読み返して誤字脱字の修正や加筆をすることがありますのであしからず。


 最強の格闘技は何か?

 どんな最強の男も背中は無防備だ。だから徳夫は背中を晒すのが怖かった。それは内弟子の川上竜が背後に立つようになっても変わらない……。
「先生? そろそろ行きましょう」
 川上が徳夫を促す。確かに会見場に残っている試合関係者は徳夫たちだけだった。
「ああ、そうだね」
 少し前に記者会見が終わったところだ。これから飛行機でマカオに行くために空港へ向かわねばならない。
 陰陽トーナメントまで一週間、俺は油断するつもりはない。特にアイツに対しては警戒を緩めてはいけない。
 徳夫たちが映像栄えするきらびやかな会見場を後にすると、すぐに場違いな学ランの男が徳夫たちの立ち塞がった。
「誰だ、一般人を入れたのは」
 男を排除しようと川上が前に出る。だが徳夫はその無作法者の顔に見憶えがあった。
「あっ? 君、煉獄の人」
 名前は佐藤十兵衛、富田流を使う高校生だ。
「ちょうど良かった」
 十兵衛は川上を押しのけると不敵に言い放つ。
「出場資格くれよ」
 あまりにも無謀な申し出に徳夫は思わず笑みがこぼれてしまった。
「あんたの一回戦の相手はボクシングの石橋強、石橋の映像は全て観たがまともにやったら勝てない。だから俺が代わりに出てやる」
 徳夫は十兵衛の意図を計りかねていた。
「言っている意味がよくわからないな?」
「タダとは言わない。後払いになるけど、言い値でいいよ。流派の看板背負ってるんだ。無様に負けて一文も貰えないよりはずっとマシだろ?」
 だが意図はわからなくても、十兵衛が徳夫を挑発しているのは明らかだった。
「先生、こんな奴を相手にする必要ないですよ」
 川上の言う通りだ。陰陽トーナメントのファイトマネーは副次的なものだし、徳夫としても日本拳法が最強であることを証明する機会を手放すつもりもない。
 だが十兵衛の師匠の入江文学とは三回戦で当たる可能性がある。富田流は技術体系にも不明な点が多い。もしも入江が強く、余力を充分に残して勝ち残った場合、苦戦を強いられるかもしれない。
 ここで弟子の十兵衛から富田流攻略のヒントを引き出しておくべきだ。
「川上、先に行って俺が少し遅れると伝えてくれないか? ちょっと佐藤君と話がしたいからね」
 川上は解せないという表情で肯くと、駆け出して行った。その姿を見送って、徳夫は十兵衛に話しかける。
「さて、俺が負けると思う根拠を聞きたいな」
「あんたは打たせずに勝つのが売りみたいだけど、奴は打たせて勝つだろ。結局、打ち合いになればタフネスの差は如何ともしがたい」
「君は日拳の直突きを知らないのかな?」
「勿論、それぐらいは知ってるけどさ……」
 十兵衛が視線を逸らしながら言葉を濁す。徳夫がそちらを見ればいつの間にか人が集まっていた。記者会見に来ていた報道陣の一部だ。徳夫と話しているのが金メダリストを倒した高校生と知って、何か面白いことが起きないか期待しているのだろうか。
 そんな彼らに聞かれたくないのか、十兵衛が小声で囁いた。
「……別に信じてくれなくてもいいけど、ついさっきまで俺は石橋と戦ってたんだよ」
「へえ」
 意外な告白だったが、石橋が何故か会見に遅刻したことを考えると決して突拍子もない内容とは言えない。
 何より、徳夫には十兵衛が嘘を言ってないことがわかった。
「驚かないんだ?」
「俺は嘘がわかるんだよ」
 徳夫がそう言うと、十兵衛は警戒するように手で口を隠してみせる。
「微表情でわかるわけ?」
「違うよ。俺は直感的に人の嘘がわかるんだ」
 これは本当だ。しかし十兵衛は気味悪そうに一歩下がると、また話を再開した。
「まあいいや。でさ、実際にこの手で首の筋肉量を確かめたが、頭にいいのが入ったぐらいではダウンしてくれないだろうな」
「ああ、それで負けちゃったんだ」
 徳夫がからかうようにそう言うと、十兵衛は顔を顰める。
「いいところで邪魔が入ったんだよ」
 それも嘘ではなさそうだ。
「直突きが決まってもいいところグロッキーになるぐらいだ。石橋には必殺にならないと思うけどどうすんの?」
「佐川の日拳に死角はないよ」
 そう、徳夫は世間に全ての手の内を明かしているわけではない。現に対石橋用のシミュレーションは既に終えていた。常人よりは決め手が減るというだけで、別に倒せない相手ではない。
「そう言う佐藤君は石橋に勝つつもりでいるみたいだけど、君こそ無理だろう。大晦日の金田戦は俺も観てたけど、心臓を打つ技はボクサーの石橋には入らない」
「富田流には煉獄があるだろ。一度入ってしまえば後は動ける限り打ち続けられる。不死身の石橋も一方的な連撃なら倒せるってワケ。実際、止められなかったら俺が勝ってた」
 その言葉を額面通りに受け取るつもりはないが、十兵衛が石橋に煉獄を入れたのが本当なら聞いておきたいことがある。
「へえ、でも石橋がリバーブローなんて簡単に受けるかな?」
「……煉獄の始動は鈎突きだけじゃない」
 答えるまで妙な間があった。どうやら石橋には徳夫の知っているやり方以外で煉獄を決めたようだが、詳細までは教えたくないらしい。だが徳夫はそれをどうしても知りたかった。
「でもさ、佐藤君。鈎突き以外に始動があるなら大晦日はどうしてあんなに苦戦したの? わざわざアバラまで折ってさ」
「拘束から脱出するのに折ったアバラを利用しただけだよ」
 徳夫の感覚は十兵衛が嘘をついていると告げていた。
 徳夫も煉獄を試したことがあるが、上手くいかなかった。ただ脇腹を強く打っただけでは相手の動きを止めることができず、側頭部への肘打ちに繋がらないのだ。実際、十兵衛も大晦日の試合では金田のアバラを折ってから煉獄を放っている。よほど打撃力のある者なら仕込みなしでも鈎突きから煉獄が打てるのだろうが、徳夫には無理だ。
 煉獄は使うより、使われぬように警戒する技……それが徳夫の出した結論だった。だからこそ、煉獄の始動技が他にもあるなら絶対に把握しておきたい。
 徳夫は核心に斬り込む。
「もしかして君は左鈎突きからしか煉獄が打てないんじゃないの?」
 十兵衛は答えない。だが徳夫にはその答えがイエスだとすぐにわかった。
 しかし煉獄というのは七通りのコンビネーションを延々と打ち続ける技だ。鈎突き以外の始動ではそもそもコンビネーションが崩れてしまうおそれがある。
 いや、待てよ。佐藤は大晦日の試合では鈎突きから入って、七通りのコンビネーションをループさせていたけど、どのコンビネーションからでも始められるとしたら……みぞおちへの裏拳、脇腹への鈎突き、ヒザ関節への下段回し蹴り、ヒザへの下段前蹴り、アゴへの肘振り上げ、上段順突き、中段廻し蹴りのいずれかが決まれば煉獄が始まるということになる。
 この推理が正しければ、確かに煉獄は恐ろしい奥義だ。
「ということは煉獄の始動は七種類かな?」
 十兵衛はまたしても答えない。しかし答えがノーであることはわかっていた。
 勘違いか……ああ、そうだ。あのコンビネーションには左右の区別がある。
「じゃあ、十四通りかな?」
「違う!」
 今度ははっきりと答えたが、それも嘘だった。つまり徳夫の推理が正しかったということになる。
 入江文学にも得手不得手はあるだろう。実戦で十四通り全てのパターンを打てるとは限らないが、それでも知っているだけでも大違いだ。勿論それが入江の全てではなかろうが、これでかなりやりやすくなったのは確かだ。
 ふと十兵衛を見やれば、ヒザに手をついてうなだれていた。
「やりづらいな……なんでバレるんだろ」
 落胆は当然だ。何か思惑があって徳夫に近づいたのだろうが、まさか煉獄の秘密を読み取られるとは思ってなかったのだろう。所詮は高校生ということか。
「んじゃこれも当然解る?」
 十兵衛は身体を起こすと、握った裏拳をこちらに見せてきた。
「こんな感じで脱力して左手を曲げてみて。それをゆっくり俺の鼻の前に近づけて」
 徳夫は言われた通りにしてみる。意図はさっぱり解らないが高校生の他愛もない冗談だと思って付き合うことにした。
「ちょっと違うな……バックブローを打つような感じ。ゆっくりじゃなくて今度はそれを限界のスピードで」
 なんだ、寸止めすればいいだけか。それならいつもやってる。
 そう思いながら裏拳を十兵衛の顔の前で素早く止めると、突然十兵衛が吹っ飛んだ。尻餅をついた十兵衛が鼻を押さえたかと思うと、すぐにその間から血が流れ出す。その様子を見て周囲を取り囲んでいたカメラマンたちが一斉にシャッターを切った。
「日拳の代表、高校生相手に流血沙汰……これで俺が明日の一面を飾ってしまうな」
 あらかじめ自分で鼻を折っておいたわけではなさそうだが……ああ、そうか。直前まで石橋と戦っていたなら、そこで折られたのだろう。押さえた手でもう一度鼻梁をこすればすぐに鼻血が出てくる。
「まさかその当たったフリで、俺の出場資格の剥奪を訴えるつもりじゃないよな?」
 主催者の田島彬がそんなことを聞き届ける筈もない。そんなことは常識で考えたらわかるだろうに。
「ところが意味はあったんだよ」
 十兵衛は鼻血を拭うと、不敵に笑う。
「お前は嘘がわかるんじゃない。質問に対するイエスかノーかを推察するのに長けているだけだとわかった」
 十兵衛の言う通り、徳夫は質問への反応からイエスとノーを判断できるだけであって、嘘の全てがわかるわけではない。
「それさえ確かめられれば、あとは師匠の入江に報告するだけだ。御苦労さん。頑張って勝ち抜いてくれよ」
 十兵衛はそう言うと、徳夫に背を向けて歩き始めた。
「佐藤君、もしかしてそれ本心?」
 だが十兵衛は背を向けたまま答えない。問いかけに沈黙されても表情で解るが、こうやってリアクションがないと徳夫には判断することができないのだ。
 佐藤十兵衛……もしやこいつが大晦日で見せた攻防は富田流のものではなくて、こいつ自身の……。
 だが徳夫の苛立ちを察知したかのようなタイミングで十兵衛が振り向く。
「な、こうやったら無効化できるわけだ」
 そして徳夫を嘲笑うようにこう付け加えた。
「超ウケる」

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