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【詩】春の下

       春の下

朦朧とした儚さの中心で
いくつもの風がいくつもの私を渡り歩く
私の意識はくすんだ青空へ拡散していき
やがて直立不動のまま倒れた
見開いたままの瞳は 誰からも閉ざされることなく
小鳥のさえずりが 
冷えていく心を蝕み続ける
効かない薬の散らばる無菌室へ逃げ込み
今日もあの日の誓いを守るために
無機体となって闘争をやめる覚悟をする
不断の刻みに唆される静寂の中
あなたにもっと触れていたいと切望するのに
言葉に託したところで何が得られるのかなどと
ベビー・ドールに甘く囁かれては
効かない薬をまたむさぼる

こうして日々は無情にも流れゆく
そう、いつもあなたに先手を打たれぬように
そして通りすがりに死を宣告されぬように
ただおびえて ただおびえて 扉の外に出たくて
しかし私の魔性は
この切望が時を分かたず在るのを知ってか知らずか
愛してやまぬ残酷なあなたの前へ私を投げ出そうとする
さあ 扉を開ければすぐさまあなたに抱かれるのに
どうしてできない どうしてできない

それは死んだはずの私が甦ってしまうから
あらゆる意識は浄化され 様々な私は矢継ぎ早に蝕まれてゆく

ベビー・ドールは冷ややかに笑う
そんなことは本当はどうだっていいのだろうに
この臆病者めが
おまえにとって 美への耽溺は自殺に等しいのかもしれないが
おまえはいわゆる病気、ではない
ただ自らに病んでいるだけだ

もう二度とやって来ないあなた
姿を変えて幾年もやってくるあなた
今はあなたに抱かれていたい
嗚呼 まことにこの空空の揺曳はとどまることを知らぬ
ほかでもない、あなたは!

おそらくまだ私、である物体はぼんやりと考え込む……

本当は…私は…
私に、死んでしまったはずの私を取り戻してほしいと
強く強く望んでいる……
……永遠へと続く重複した記憶
余裕のない快楽
全ての私を完全に破壊することによってのみ
消失されうる、苦しみ
私の全ては私に帰還する

  私は止まりたい
  ここにとどまるために、止まりたいのだ
  生と死の只中
  動と静の只中
  存在、によって
  幸福という病に患う私という複合体は
  あまりに残虐なる恍惚の揺曳の中で
  殺されてゆくのだ……

私の全てが
蝕まれてゆく 蝕まれてゆく それでいいのだ それでいいのだ
私が望むことは ただただそれだけであるのに

そうしているうちにまた私は私を喪失してしまった
ベビー・ドールは勝ち誇ったように薄ら笑う
ただあなただけが 穏やかに確かに そこに在り続けた


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