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連続小説「アディクションヘルパー」(ノート8)

人生全て「運」。運が悪けりゃ死ぬだけさ

〈「校長面談」〉

ここ「魁進ケアスクール」に入校し、職業訓練開始してから約3週間が経過しました。

この日の午前中は、上山校長との面談があり、各人15分くらいの時間で校長室に順番に呼ばれて行い、待ち時間は教室で、これまでの受講内容の振り返りを藤原先生の進行のもと行っていました。

「振り返りっていうけど、面談が終わるまで、何か頭に入らないわね。」

「まぁ、雑談させるわけにもいかないってことでしょうかね。」

「アタシは結構ダメなのよ。こういう面談とかいうやつはさ。」

「そりゃあまあ、師匠じゃなくても、こういうの得意な人っていないでしょ。」

「そう?屑星さんって、面接とかでも面接官を手球に取りそうに見えるわ」

「看護婦に手球に取られてるけど、面接官は手球に取るのかな」

「あにやん、看護婦も面接官も手球に取ってないし、取られてませんよ。」

まぁ、なかなか「面接に慣れている人」なんてのは存在しないでしょう。

名簿順に呼ばれるということで、石毛さんは一番に面談を受けるということで、朝からソワソワしていたわけですが、

「では、行ってきます。」

「武運を祈ります。」

ということで、まぁ本番の採用面接ってわけじゃないから気楽になってもいいとは思うのですが、「偉い人とのマンツーマン」っていうのに、緊張感が生まれるんでしょうかね。

そんなわけで、面談を前にしている皆さんは、藤原先生の話をほとんど上の空で聞いておりました。

「ふう、終わったわ。」

「師匠、お務めご苦労様でした。」

「なかなか良かったわよ。」

「あ、そうなんですね。」

「色々と話すことできたし。屑星さんも遠慮なく聞いた方がいいわよ。」

「じゃあ、借金でも申し込むか」

「馬鹿言ってんじゃないわよ。」

「看護婦が苦手です、は言ったほうがいいかもな。」

「あにやん、ご進言ありがとうございますw」

私語も程々に、って随分喋ってますが、藤原先生の話に耳を傾けるふりをしつつ、いよいよ私の順番が来ました。

「失礼します。」

「どうぞ、お掛けください。」

そういえば、まともにお目にかかるのは、初日の訓示以来でしょうか。雰囲気的にはその時と変わらない穏やかな表情で対面いたしております。

「どうですか?3週間経ちますが」

「正直、介護職としてやって行ける自信がない、というか、私がこの職について良いものかを悩んでいます。」

「なるほど。どういったことが悩みの要因になってますか?」

「実習を受けてて、どうしても雑になってしまい、というか丁寧さが欠けているところが1つ挙げられます。あと、介護職になって私は何をやりたいかが見つかっておりません。」

「屑星さん、1つ目の悩みはむしろ『持ち続けたほうがいい』悩みです。」

「と、申しますと?」

「丁寧さが欠けているという問題意識があることで、実施に当たりそれを修正しようという意識も働くので、日々積み重ねると最終的には丁寧な仕事ができるように必ずなります。」

まぁ、言われてみればその通りということなんですが、そうか、面談するとこういう些細な気づきが収穫になるんだなと感じました。

「あと、介護職としてやりたいことは、この訓練を受けているうちに見つけてください。熱心に受講されているのは分かっていますから、きっと見つかりますよ。頑張ってください。」

「ありがとうございます。焦らずに訓練を続けたいと思います。」

私の中でも、この仕事の「面白さ」は、薄々見えてきつつあるのですが、その話は別の機会にします。

「ところで、ここの講師陣はどう思われますか?」

結構、予期せぬ質問でしたw

「いやぁ、蓬莱先生にはよく怒られますね。」

「ははは。ズバッと言うタイプですからね。」

「まぁその、どの先生の講義も私は一度も眠くなったことがありません。」

「おー、いいですね!授業面白いですか?」

「はい。これについては申し分ありません。受けてて楽しいんです。例え蓬莱先生にドヤされても。」

「はははは、いいですねー!」

なんちゅうことを私は言ってるんだと思いつつ、「かなり楽しい」面談となり、

「とにかく、何か困ったことがあったらいつでも相談に来てください。」

「ありがとうございます。」

まぁ実は、自分の家庭の状況とか、依存症の話とかもさせて頂き、かなり有意義な面談となりました。

「行ってきました。」

「お、どうだった?」

「看護婦に手球に取られてる、って言っておきましたw」

<「孫」>

この日、私の隣の席にいる田辺さんは、午前は休み時間の度に何かソワソワした感じでスマホを片手に廊下に出ては電話をしておりました。

「何やってんのかしらね?」

「借金取りかなんかと交渉してるんじゃないのか?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ。田辺さんがそんなわけないじゃないの。あにやんの方じゃないの?そういうの。」

「何を仰る大姉御。私は借りたら返しませんから、借金取りは相手にしませんw」

「ははは。相手にしなくても、返さなかったらあの手この手でやってくるわよ。」

(はい、ここに経験者がおりますw)

二人の会話を尻目に、席に戻ってきた田辺さんに聞いてみると、

「なんか、慌ただしそうですね。」

「あ、はい。」

「愛人とかと揉めてるんですか?w」

「何を言ってるんですか。そういうのではないですよw」

すかさず、石毛さんが割り込んできて、

「さっきから、金の話とか女の話とか、あんた達何考えてんのよ?田辺さん、何かあったの?」

「あ、いや、お騒がせしてすみません。実は、、生まれるんですよ。」

「ん?生まれる?、、田辺さん、犬でも飼ってるの?」

「犬ではなくて孫です。」

「孫って、その、お孫さん?」

「はい、初孫になるもんですから。」

「そうなの?ごめんなさいね、金だの女だの犬だのって」

「いえいえw」

「それは楽しみねえ。そりゃソワソワするわね。」

「えー、お孫さん生まれるんですかー」

と、前の席にいる駒崎さんや西岡さんもその話に食いついてきたところで、休み時間が終わり授業開始の時間となりました。

(初孫かあ。同世代ってそういう時期を迎えてるんだよなあ。)

それに比べて私はという話を敢えてすると、乃木坂だの日向坂だので次のシングルのセンターは誰とか、最近は今更ながら虹プロジェクトの動画にはまっていて何で最終段階でアカリを脱落させたんだとか、そしてアパートの家賃に追われ、ブログやらYouTubeでいかがわしい活動をしていて、積み重ねるところが異なると人生いろいろだなとか思いを馳せたりするものでした。

昼休みは私は、スクールの近くのパン屋でコーヒーを飲みながら軽く昼食を済ませることにしていて、そこから戻ってきたら、教室内が「祝賀ムード」となっておりました。

「生まれましたか。おめでとうございます!」

「ありがとうございます。」

「あ、どちらですか?」

「女の子なんですよ。」

「いいですね。一姫二太郎っていいますもんね。」

「いやあ、でも生まれたことが嬉しくて仕方ないです。」

「今日は午後は授業どころではありませんね。」

「そうですよ。早く午後の授業が終わりたいです。」

田辺さんによりますと、子供が生まれたときにはもちろん喜びも感じたのですが、それに加え「責任」を感じたとのことです。そういうわけで、孫が生まれたときはその「責任」をすっ飛ばすことができるので、もう手放しで喜べるという感情だそうです。

後日、当然のことながら田辺さんのスマホ待ち受け画面はお孫さんの写真ということで、休み時間の度にスマホをみながら目尻が下がるのでありました。

いやあ、おめでとうございます。励みになりますね。

私たちも、なんですか、「幸せのおすそ分け」ってやつですか。ありがとうございます。

今回はここまでとします。

GOOD LUCK 陽はまた昇る
くずぼしいってつ




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