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#ヴァンパイアパーティー おとぼけ姉さん×うしお

○登場人物
 〈ヴァランシエンヌ〉
 とある屋敷の女主人 その正体は
 何百年も生き血をすする吸血鬼

 〈ビクトール ハイゼンベルグ〉
 ヴァランシエンヌの屋敷に住む
 新人の執事 従事し始め日が浅いため
 主人が吸血鬼なのはまだ知らない

 おと…ヴァランシエンヌ
 凪…ビクトール

とある屋敷の広間
ハタキをかけながら軽やかに
しかし塵ひとつ逃すまいと
目を光らせる若者
燕尾服に身を包み仕事を
こなしていくこの青年
名をビクトール ハイゼンベルグ

凪「もう朝方ですか
  早く朝食の用意をしなくては」

手早く掃き掃除を終え
厨房へ踵を返し 主の朝食を手掛ける
このお屋敷に使用人は彼一人
それもそのはず
ここの主はこのあたりでは
その名を通す“魔女”と噂されていた

おと「ビクトール ビクトールどこ?」
凪「ヴァランシエンヌ様」

寝間着のガウンに 櫛を通してなくとも
美しい栗毛をなびかせる彼女こそ
この屋敷の女主人 ヴァランシエンヌ
なんでも若くして屋敷と財産を
譲り受け 使用人を入れ替わり立ち替わり
させながら屋敷を維持しているらしい

凪「おはようございます
  ヴァランシエンヌ様 まもなく
  朝ごはんが出来上がりますよ
  お部屋にお持ちしようかと…」
おと「おはようビクトール
   こんなに良い香りを嗅いだら
   部屋で待ってる方が無理な話だわ」

まだ寝起きらしい彼女は
あどけなく微笑みながら
白いクロスが眩しいテーブルへ腰を下ろす

凪「お褒めにあずかり光栄です、が
  ガウンのままはいささか
  お行儀がよろしくありませんね」
おと「あら 二人きりなのよ
   わたしはかまわないわ
   それとも目のやり場に
   困っているのかしら」
凪「おやおや」

ときたまこのようにしてこちらを
からかう主に まだどうも慣れない
国際執事連盟から派遣されて1年
未だになぜ彼女は私を選んだのか
皆目検討もつかなかった

凪「貞淑(ていしゅく)さを
  欠いては一人前のレディには
  程遠いですよ お嬢様」
おと「その呼び方は嫌いよ
   言う事きかなくしちゃうんだから!」
凪「失礼致しました」
おと「それはそうと今日は何をするの?」
凪「はい、本店への視察の後
  幹部会の資料に目を通して頂き…」

魔女と言われる由縁も その
引き継いだ遺産の社会的地位の高さと
彼女の経営と外交的手腕によるもので
幼く見えるが なかなかどうして
隙のなさと侮れなさが彼女にはあり
執事自身も彼女を尊敬し 慕っていた
ともあれ今はこの生活も
決して悪くはない ヴァランシエンヌ様と
過ごす日常は何人(なんびと)たりとも
崩すことは私が許さない
そう いつまでも…

その日もいつもの通り屋敷の備品の
取引先の業者からの納品を終え
倉庫の在庫を確認していた

凪「一段落したら次は…」

あぁ あれを取らなくては と
執事は脚立を棚に移動し
脚立を立てかけ 高所に手をかける
しかし次の瞬間 脚立が恐らくは
かけ方が不味かったのか
執事を乗せたまま倒れたのだ

凪「ーーッ!」

バランスを崩し頭を打つ衝撃
彼はかすれる視界の端に
明るい栗毛を見た気がした


おと「ーーる!! ねぇ…クと……ル!
   起きて! 目を開けて頂戴
   ビクトール!」
凪「ンむ…ヴァラン…シエンヌさま…」
おと「嗚呼、ビクトール!」

起き上がろうとすると
ヴァランシエンヌが抱きつき
ベッドに戻されながら
ズキンとする痛みに顔をしかめる
手をやると頭には包帯が巻かれ
枕元には静かにモノクルが光っていた

おと「私があなたに屋敷のことを
   全部押し付けたりしなければ…
   許してビクトール…!」
凪「ヴァランシエンヌ様
  ご心配をかけて申し訳ありません
  全て私めの不注意でございます
  気を病まれませぬよう…
  この包帯も貴方様が?
  お有り難うございます」
おと「あぁ ビクトール!」

目に涙を浮かべる主の頭を
撫でながら嗜(たしな)めつつ
窓に目をやると下弦の月が出ている
だいぶ目を覚まさなかったようだ
心配するのも無理は無い
と、突如 頭に生温かい感覚が覆う

おと「ああっ! 大変!
   どうしましょう」
凪「…おや、なるほど」

包帯に手をやると滲んだものにより
指先が赤く染まる 傷口が開いたらしい

おと「早くなんとか…」
凪「止血剤を飲めば大丈夫ですよ
  しかしながら少しばかり
  痛みますな…ヴァランシエンヌ様?」

彼女はベッドの端で顔を埋め
肩で呼吸していた
明らかに様子がおかしい
執事が肩に手をかけ声をかけると
ピクンと身体が跳ね手で顔を覆いながら
後退るヴァランシエンヌ

凪「いったいどうしーー」
おと「その…においを
   “血の匂いを嗅がさないで”…!
   貴方ので 私は…!」

顔を上げた彼女を見 執事は絶句した
燭台に照らされた彼女の眼は
紅く輝き 口元から白く
長い犬歯を覗かせている
肌は青白く しかし上気した頬は
彼女が昂っているのを物語るに
充分すぎるほどだった

おと「出来ればあなたにだけには
   知られずに過ごしたかったわ
   私は怪物なの ビクトール」
凪「…ヴァランシエンヌ様」
おと「今まで黙っていてごめんなさい
   でも怖かったの 貴方は優しいかた」
凪「ヴァランシエンヌ様」
おと「使用人を長くは雇えない
   雇ったとしてすぐ正体はバレるもの
   バレなかったとして
   人間の寿命は短い…
   永く生きれば見たくもない
   ものがつきまとうわ」

おと「でも貴方は違う!
   私を子供扱いしないし
   一人の女性として見てくれた!
   魔女や権力の道具ではなく!」
おと「だから貴方を殺したくないの…
   でも貴方が今から言う言葉を
   私は聞きたくないのよ…」

凪「ヴァランシエンヌ様、
  このビクトール 全心全意を以てして
  貴方様に仕えてまいりました
  そんな私めのわがままを一つ
  聞いて頂けないでしょうか…」
おと「…嫌よ」 凪「お嬢様」
おと「嫌!」

凪「私めの血を、どうか
  吸って頂きたいのです」

おと「…嫌、いやよ…」

凪「貴女の瞳、白い歯
  透き通る肌 美しい
  是非この身を捧げるに相応しい」
おと「あなた自分が何を言っているか
   わかっているの…?
   人間では居られなくなるのよ?」
おと「いつ本性が出るかわからない
   ハンターから逃げながら
   びくびく生きるの…」

凪「ヴァランシエンヌ様…
  お言葉を返すようですが…
  私は貴方様にお仕えするために
  ここに身をおいているのです
  そんな私に少しでもその重荷
  背負わせて下さいませ
  この身朽ち果てるその日まで…」

おと「ビクトール…!」

(しばらくおいて吸血音)


おと「ふふふ」
凪「いかがされましたお嬢様」
おと「あ! 今 あなた!」
凪「御無礼を ヴァランシエンヌ様」
おと「まぁ良いわ 昔を思い出して
   懐かしんでたのよ」
凪「何十年前でしょうか?」
おと「何百年前かもしれなくってよ」
凪「昨日のことのようですね」
おと「今までがそうだったように
   これからも時は巡るものよ」
凪「今夜のヴァランシエンヌ様は
  えらく詩的なようだ」
おと「…でもあなたがいれば
   私は恐くないわ」
凪「!… いつまでも
  貴女様のお側に…
  お慕いしておりますよ
  ヴァランシエンヌ様…」

fin.





 


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