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資本のしくみ――佐々木隆治『マルクス 資本論』後半

佐々木隆治『マルクス 資本論』の後半部分を読みました。
改めて「資本ってなんだ?」というところをまとめておこうと思います。


「自己増殖する価値」という不思議

資本とはなにか。私はなんとなく「貨幣(お金)の集まり」だと思っていました。マルクスは「自己増殖する価値」と規定しています。
価値が自己増殖する、とはどういうことでしょうか。
商品と貨幣をただ交換しても、それは資本を生み出すことにはなりません。仮に純粋な商品交換が成立するなら、一万円で本を買ったとして、それを一万円で売ることができます。単なる等価交換です。価値は変わりません。
また、その本があまり知られていない地域に行って、一万二千円で売ることができるかもしれません。交換によって価値は増えているわけですが、これは商品交換の例外であり、たまたま「うまくやった」というだけに過ぎません。あるいは、買った後に本の著者がサインをして、それを一万五千円で売ることができたら儲けになります。しかし、それは五千円分の労働(その価値を加えるために費やした時間など)がそのまま価値に転化しただけです。いずれの場合も、仕組みとして価値が増えているわけではない。
貨幣が資本になるには、価値が「自己増殖」しなければならない。そのためには、商人のテクニックによる一時的な儲けではなく、貨幣が流通する過程から勝手に新しい価値が生み出される仕組みが必要です。この新しい分の価値を、マルクスは「剰余価値」と呼びます。
コップにコインを入れて、ひっくり返したら二枚に増えていた、みたいな話ですから、『資本論』でも言われているとおり、資本成立の仕組みはまるで手品です。しかし、資本主義社会はこの手品が動かしているわけです。では、手品のタネはどこにあるのでしょうか。

特殊な商品「労働力」

商品と貨幣をただ交換しても価値は増えない。しかし、ただひとつの商品だけがその原則から外れた性質をもっています。それは「労働力」です。貨幣は、労働力という特殊な商品と交換されて初めて、資本に変身することができます。なぜでしょうか。
ここに雇い主と労働者の2人がいます。労働者は、ある仕事を10時間行う代わりに、一万円の報酬(時給千円です)を受け取ることで合意しました。ここだけ見ると普通の交換です。
ポイントは、労働者が10時間働くことで生み出される製品やサービスが、一万円きっかりの価値よりも“高い”というところです。労働者はその労働を通して、一万五千円分の製品やサービスを生み出すことができる。これを言い換えると、雇い主は一万円で労働力に対する「交換価値」を支払い、一万円五千円分の「使用価値」を受け取ったということです。労働力の交換価値から使用価値を引いた五千円分の差額、これが「剰余価値」になります。この仕組みが無事成立したときに、はじめて雇い主が持っていた一万円の貨幣は「資本」になるのです。
ちょっと雇い主がズルしているようにも見えます。しかし契約自体は、決して不正ではありません。米農家と漁師が、米と魚を交換してそれぞれ食べるのと同じです。商品を交換価値にもとづいて互いに交換し、使用価値に基づいて消費する、というのは純粋な商品交換の形です。にもかかわらず、労働力はそれ自身が持っている交換価値よりも大きな使用価値の源泉である、という特殊な性質をもった商品であるため、雇い主側は正当な手続きに則って、剰余価値を得ることができるのです。これが資本が価値を自己増殖させる仕組みです。

労働者と資本家というプレイヤー

資本という仕組みを成り立たせるプレイヤーである雇い主と労働者には、それぞれ条件があります。
労働者側は、労働力以外の商品を持っていないということが肝要です。ほかの生産手段や材料を持っている場合は、(本を別の地域で売ったり、サインのような付加価値をつけたりするように)だれにも雇われずにそれを用いて稼げばよい話です。そうではなく、自分の土地も持っておらず、士農工商のような身分も定まっていない、労働力という商品だけを持っている自由な(根無し草な)人がいて初めて、資本主義は成り立ちます。就活や転職について、売り手市場とか市場価値を高めろといった「市場」の比喩がよく使われるのを思い出します。労働力という唯一の商品を市場で売り歩く人、それが労働者です。
その労働力を買う人、つまり雇い主は、資本が増殖する仕組みにひたすら奉仕します。資本が人格化した姿ということで資本家と呼びます。資本家は単にお金をたくさん貯めている人とは違う、というのもポイントです。資本の増殖には限りがありません。食べ物のような商品は消費したら終わりですが、貨幣の形をした資本は消費しつくすということがないからです。だから、単にお金を貯蓄するのではなく、絶えず労働者の労働力を介した流通、つまりビジネスに投げ込み(「投資」)、増やし続けるのが資本家というわけです。

おわりに

今回は、『資本論』の「資本ってなんだ?」にまつわる部分をまとめてみました。とりあえずは、「資本とは〈労働力という商品を介することで自己増殖する価値〉である」というのが回答です。
『資本論』という本の総論としては、人間の歴史を「資本の成立の歴史」として語るという、大きな構えがあります。その下に各論がたくさんあって、資本の仕組みが生まれた歴史をひも解いたり、資本家が労働者を搾取する方法を機械やテクノロジーの観点から説明したり、労働者側が「労働日を法律で制限する」というやり方で抵抗してきた経緯を紹介したりしています。
ひとつだけわからなかったのは、マルクスについてよく言及される「資本主義はヤバいが、極めると共産主義というユートピアに到達する」という歴史観が出てこなかったところです。別の本には出てくるのかな? どこかで当たりたいなと思いました。

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