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探偵里崎紘志朗 moonbow③


 5時までは、本当に長かった。その間僕は眠る事無く、コーヒーを飲み、出掛ける支度をして気分を紛らわせた。どこか涼しい場所へ避難する手もあったが、電話を受ける時、気兼ねなく話せる方がいいと思い、暑さを我慢し、部屋に残った。
5時3分が過ぎた。私のスマホが鳴った。私はすぐに出た。
「どうだった?」
「どうもこうのないのよ。あなた、どうしましょう?愛美が行方不明なの。」珠美は高ぶる感情を無理やり押し殺して平静を保っているような声で話している。しかし、その努力は無駄だ。声が震えている。
「どういう事だ?」
「愛美ね、吹奏楽部なんだけど、さっきも言ったように、一昨日から夏合宿で、箱根の芦の湖近くの学校のセミナーハウスに行ってるんだけど、昨日からいなくなってるのよ。」
「いなくなってるって、どういう事だ?」
「昨日の夜、顧問の先生に「家で急用ができたので、帰らなければなりません」って伝えて、8時過ぎに、合宿してるセミナーハウスを一人で出て行ってしまったらしいわ。」
「で、家には急用なんてない?」
「ある訳ないわ。昨日は平日だし、院長が不在がちなうちの病院で、副院長の私は忙しいのよ。あなた、どうすればいい?愛美、誘拐なんてされてないよねえ?さっき、先生も言ってけど、警察に連絡した方がいい?」
珠美は焦りのため、話し方には棘があった。ピリピリとした周波数が伝わってくる。彼女は鎌倉にある私の実の父が院長を勤める救急病院の副院長だ。これには事情があるのだが、それは別の機会に話す。今はそれどころではない。
「さっきも言ったが、まだ大事にしない方がいいよ。自分のスマホから私に連絡してきたぐらいだから、まだ拘束されている訳ではないだろう。兎に角僕が調べてみるよ。顧問の先生の名前と電話番号をメールで送ってくれ。それから、その先生に後から元夫で愛美の実の父である僕から電話があると知らせておいてくれ。」
「分かった。で、あなたはどうするの?」
「決まってるだろう。箱根へ向かうよ。」
「私も何とかして行くわ。」
「いや、無理しなくていいよ。それに君は来るとなると、家政婦が来るまで、その家が空っぽになってしまう。もしかして愛美が帰ってきた場合に誰もいないと困る。だから、君はそっちにいてくれ。」
「分かった。でも、何か分かったらすぐに電話ちょうだい。」
「分かった。」私は電話を切り、着替えるために、クローゼットへ向かった。

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