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【探偵小説】探偵里崎紘志朗 moonbow⑥


 取り敢えず私は車に乗り込み、珠美に電話をしようと、ジャケットの内ポケットからスマホを取り出した。不意にサイドウィンドウをノックされた。見るとジャージを着た女の子が立っていた。真面目な感じでおとなしそうな子だ。私はウィンドウを開けると、女の子が「愛美ちゃんのお父さんですか?」と訊いてきた。
「そうだけど、何か?」
「私、愛美ちゃんと同じ学校の3年生の木村と言います。話したいんですけど、ここじゃ目立つので、一旦車を出してもらって、芦の湖の遊覧船の乗り場に30分後に来てもらえます?」
「3年生?じゃあ愛美の先輩だね。分かった。君の下の名前を教えてもらえる?」
「木村有紀です。」
「僕は里崎と言います。愛美はお母さんの苗字を名乗ってるけどね。じゃあ30分後に。7時半ぐらいだね?」
「そうですね。」そう言うと彼女は建物へと戻っていった。私は車を出した。
 
 ■
箱根港へ向かう途中に、朝早くから開いているベーカリーを見つけた。私はローストビーフのサンドウィッチとコーヒーをテイクアウトした。すぐに車を動かし、遊覧船乗り場の駐車場に着くと、車の中でサンドウィッチを食べた。心の中は焦る気持ちで一杯で、とても食事をする気分ではなかったが、今は次いつ食事ができるか分からない状況なので、無理矢理、コーヒーで流し込んだ。コーヒーは薄過ぎたので、流し込むには丁度良かった。食べ終えて、ゴミを捨てようと車を出ると、湖畔道路の方から木下有紀が歩いて来るのが見えた。私は彼女に向けて手を振った。彼女はすぐに私に気づき、人差し指で左を方向を指して、自分はそちらへと歩き始めた。私もそっちにあるデッキを目指した。
 
 ■
 デッキの端は、水際の陸とは違って、湖に吹く風が強かった。但し、朝だがもう日差しは強く暑い。湖面の照り返しがレフ板のように木村由紀の顔を輝かせた。そうすると彼女の色白な肌が際立って見えた。
「お父さん、愛美ちゃんは本当は家に帰ってないんですか?」と、木下有紀が風に負けないよう大きめの声で言った。
「いや、そうではないんだが…」事を大きくしたくないため、私は口を濁した。「何でそう思うんだい?」
「昨日の昼過ぎに、私見たんです。愛美ちゃんが、男の子とここで話してるのを」
「男の子って、どんな?君たちの部の子?同じ学校の人?知ってる人?」
「知ってるは知ってる。同じ学校だから。部は違うけど。」
「誰?」
「愛美ちゃんと同じクラスの変人、みんなに気持ち悪がられてる。イケメンだし、チョーお金持ちらしいから、あんま表立っては言わないけど…でも、キモいというか、気味が悪いヤツ。」
「名前は?」
「変な名前。肘折月郎って言うの。」
「肘折?その子は肘折という苗字なのか?」
「そう、名前もヘンなの。」
肘折は苗字だった。
「それで?」
「あの人、愛美ちゃんと同じクラスだから、私より一個下なんですけど、妙に大人びていて、冷めてるっていうか、誰もしゃべったとこ見た事なくて…だから、愛美ちゃんと話してるところ見たら、珍しいっていうか、ちょっと気味が悪くて…何でか、ヤバいもの見たような気がして、誰にも言わないようにしてたら、今朝急に「愛美ちゃんいなくなった」って、小野寺先生が言い出して、それで愛美ちゃんのお父さんが捜しに来るって言うから…」
「小野寺先生は、愛美がいなくなった事をみんなに言ったのか?僕が来る事も?」
「そう、朝礼の時に説明してた。」
「何て?」
「まだ分からないけど、愛美ちゃんが行方不明になったかもしれないって。学校としてはすぐに警察に届けたいんだけど、愛美ちゃんの親御さんからの申し出で、まだそれはできないって。それで、愛美ちゃんを捜しに、お父さんが来る事になったって。ついでにお父さんが探偵だとも言ってた。」
 
呆れた。
保身もここまで来ると、些かやり過ぎだろう…
 
「それだけ?」
「だと思う。ねえ、お父さんは本当に探偵なの?」
「そうだ。」
「愛美ちゃん、捜し出せる?」
「大丈夫だ。僕は、さりげなく肘折君の事を聞き出すためにこれから小野寺先生に電話をかけるが、決して犯人のようには訊かないようにするので、君も肘折君の事は、僕がいいと言うまで黙ってて欲しいんだ。いいかい?」
「いいけど、どうしてですか?」
「多分、これは大した事件ではなく、ちょっとした行き違いかもしれないからだよ。」
「そうなの?愛美ちゃんは危ない目に遭ってない?」
「分からないが、恐らくそんな事ではないと思う。だからお願いを聞いてくれるかい?」
「分かったわ。じゃあ私もう戻るわね。探偵さん、必ず愛美ちゃんを助けてね。」
「分かった。全力を尽くすよ。」
それを聞き、少し安心した表情で彼女は帰っていった。

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