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Wizardry 拝金主義者たちの饗宴

「なぁ、考えてもみろよ… 俺たちが英雄にでもなってよぉ、町の連中からチヤホヤされるってのをよ!」
「なんだそりゃ?」
「だ・か・ら… 俺らが町の皆からキャーキャー騒がれる姿を想像できるかって、聞いてんだよ!」
「お前… まさか、そんなモンになりたいのか !? 」
「なりたかねぇーよ! 俺は、ただ聞いてるだけじゃねーか。」
「そんな馬鹿みたいな事ばっか考えとらんで、もっと目の前の仕事に集中しろよ !!! 」
「分かってるよ… ったく面白味の無ぇ野郎だな。」

ティグとマルタはもう若くはない盗賊だ。
孤児だった2人は未だ年端のいかない頃から "仲良く" 盗みで喰い繋いで来た幼馴染みだったが、もっと大きな稼ぎが欲しくなり、麗都リルガミンを根城と決めて数年経つ。
荒っぽい事は得意ではなく、もっぱら盗みに専念していたが思ったほどは手に入らず、時には初心者とおぼしき連中に手ずから《実地訓練》を施す事も… つまりは冴えない、なんとか盗賊に区分けされる程度の男たちだったのだ。
今は【マンフレッティの店】に忍び込み、屋根裏からお宝の在り処を探ってはいるが、やはりというか魔女たちは一つも隙がなく、下手したらお宝どころか自分たちの命が危うい。
先程もホビットのコソ泥が化粧室の天井に隠れているのを見つかり、魔女たち(と護衛)の怒りのままに袋叩きにされていた。
「 …どう思う?」
「どうもこうもあるかよ!」
減った腹がアラームを鳴らしっ放しにするので惨めさが倍増されるのだが、うつむいた目は "落ちているかも知れない金" ばかり探す強さまでは失ってはいなかった。
しかし、そこには2人の将来同様に何も転がってはいない。
辛うじてコインより小さな穴で済んでいるポケットに手を入れてみれば微かな手応えが…



町へ戻った2人は先ず酔い潰れて眠り込んでいる人間を探し、2人の真近い将来へ "喜捨" してもらった上で【ギルガメッシュの酒場】へと向かう事とした。
噎せ返るほどの薫りを当(あて)に空っ腹へと流し込まれた年代物の樽酒は嫌というほど胃袋に沁み渡り、未だ生きてる実感を強く齎す。
そう… 残念ながら未だ生きてる。
「おい、なんかデカいヤマでも踏まん事にゃ俺ら終わるぞ… 」
「判ってるよ! …最近、教団の連中が騒いどるアレとかどーだ?」
「馬鹿野郎! あんなの俺らが出る幕は無ぇよ。」
「そりゃそうか… 」
何ヶ月か前から広場に《お触れ》が貼り出されていた。
曰く、最近の異常な天候不順や魔物の跋扈(ばっこ)は魔導師ソーンの企てに違いない! 彼女は教団の裏切り者だ、云々。
それは2人の手に負えるような話じゃないのは明らかだったが報償金は飛びきりだろうし、ひょっとすると… ティグは内緒にしていたが実は若い頃、本当に騎士への憧れを抱いていた時期があった。
その想いが冒頭の台詞を吐かせた訳だが、これはマルタにとって理解の外だ。 物心ついた頃から孤児で盗賊だった彼ら2人に騎士などという身分は《違う宇宙》な存在だったし、一度も関心を持った事などない。
相棒が突然見せたとも謂える心の機微もマルタにすれば、飯のタネにもならない冗談以下な話でしか無かったのだ。

「おい… 変な事を考えるんじゃねーぞ。」
「何がだよ?」
「お前ぇは時々、子供みたいな事を言うからなぁ。」
「まだ話を引っ張ってんのか !? だから、アレは冗談だって!」
どーだか…
マルタは隣の席からこっそり肴を拝借しながら尻の座りを直し、店内を何とはなしに見渡した。
「おい、あれを見ろ。もし、あんなのとやり合う破目になったら一体どーするよ?」
目線の先には屈強そうな戦士の一団が周りを威圧しながら存在感を誇示している。
ティグは一瞬だけ目を配り、あっさり答えた。
「殺されるしかないな。」
「だろ? 俺たちに… 」
勝てる道理は無い、とマルタが言う部分でティグが被せてきた。
「俺たちぁ盗賊だ。勇敢な戦士でも、賢い魔法使いでもねぇ。」
諦めとも居直りとも取れる表情にマルタは無言で肴を廻す。
(そうだとイィがな… )
消した筈の憧景が意外に長く尾を引く事を若くないマルタは知っているが、相棒は果たして?





先ほどの鷹揚な戦士たちが帰り支度を始めた。
彼らの騒ぐ声は更に大きくなり、周りの喧騒も凌ぐ勢いで分かるほど酔いしれていたのだが、たらふく流し込まれた酒だけではなく "何か大きな成果" が彼らの意気をいつも以上にしてるのは間違いなかった。

しかし、人生が終わりかかっている盗賊崩れたちには一切関係ない。一団が颯爽と、そして無遠慮に2人の横を通り過ぎ、店内は少し気が抜けたように静かになったのだが、それと同時にティグが未練がましい話を再び蒸し返す。
「やっぱり教団にでも忍び込むか?あそこにゃ金が唸るほど… 」
「ある… に決まっとるが、しくじったらタダじゃ住まんぞ。」
会話が堂々巡りし始めている事にマルタが少し苛立っている事に気付いたティグは自らの口に厳重な鍵を掛けた。



何かが足元に転がっている。
ティグの右足すぐ近くに先程の戦士の一団とは違う、奇妙な存在感を誇示しながら何らの言葉もなく自らを主張する物体… 何気なく手に取ってみたが、こんなモノは見た事がない。
手に収まる大きさながら金属を思わせる重さでズシリと来るが、ティグはポケットに仕舞いかけて考え直した。
もし魔法のアイテムなら金にはなるだろうが、モノによっては危険極まりなく金どころではない。
「なぁ… コレなんだろう?」
「ん?」
マルタは突然見せられたモノを凝視したが、何だか判らない。
「なんだそりゃ?」
「今、ひろったんだけど… 何だろうな?」
「今って何だよ?」
「いや、ほんのさっき… あの厳つい連中が出て行った後だよ。」
暫く協議してみたが、何か魔法に関係するアイテムだろうというぐらいしか想像できず、それすら特定できない有り様。
突如として得体の知れない窮地に陥ったが、いくら睨んでみても司教=ビショップではないから不確定なアイテムである事には変わりない。

止むなく【ボルタック商店】に行く事で2人は合意したが、ある意味で最も行きたくない場所ではあった…











「いつもガラクタしか持って来ねぇお前らが、どういう風の吹き廻しかね?」
ガラクタが聞いて呆れる。
いつも "命懸け一歩手前" だというのに!
自称 "一歩手前" までしか命を懸けられない2人の中年盗賊は心の憤怒を精一杯抑えてボルタックに鑑定してもらっている。
恐らくはリルガミンに於てドワーフ随一の成功を収めた目の前の男はどういう手段を使ってか、他店の進出を一つも許さず、そして裕福なくせに店員の1人も雇わず、この世の春を謳歌しているのだが、彼がモノの価値の大半を決定する権利を有していて此方に拒む余地は無いのだから黙って待つしか他にない。
「だから幾らなんだよ」
「安いのか? 高いのか?」
良心的とは言えないが、没義道(もぎどう)でも無いボルタックが、何のかんのと返事を躱している事に2人は漸く違和感を覚えだした。
(ひょっとして… )
ティグは考え始め、
(このオヤジ… )
マルタは思いだした。
本来なら世間話など一つもせずに値段だけをパッと見で出す男が、今日に限っては勝手が違う。何か話の裏があるようだ。

「お前ら… これを何処で手に入れた?」
何か思い当たる節があるのか、左目だけが細くなってる。
「迷宮に決まってるじゃねーか」
「だから幾らなんだよ!」
固まった姿勢のまま、ボルタックは目だけで2人をねめ廻すと溜め息まじりに驚愕の事実を宣言したが、それは正に《死刑宣告》に等しい内容だった。
「あのな… これはブラザーフット教団の幹部だけが持っている、名前は忘れちまったが、要は身分証明みたいなモンさ。」
2人は何の話をされているのか全く理解していない顔そのもので石化した。というか、教団のモノなら… まぁ絶対に大丈夫とは言い難いが、そんなに心配する内容じゃ… しかし2人の甘い考えは続くボルタックの言葉で完全に砕かれた。
「お前ら何も判っちゃいねぇな… いいか! 連中はこれを死ぬほど大事にしてるんだよ! 何たって幹部の証しだからな… これを手離す時は盗られた時か、死ぬ時だけだ!」
《死刑宣告》が漸く2人の魂にまで届いた証拠が顔に青くなって顕れ出した。
「な、な… 何だって !?」
「ソレ本当か !?」
声だけは大きいが、体からみるみる力が抜けていくのは隠し様がない。
そういえば同じようなのを身に付けている教団幹部を何度か見た事があった記憶が今頃になって蘇ってきたが、こんなモノを何の取り柄もない盗賊風情が持っているのを関係者に見つかろうものなら、正に『タダでは済まない』だろう。

よりにもよって何だってこんなもん拾っちまったんだ !?
そうだ… 棄ててしまおう!
2人は正直に酒場で拾った事、ひょっとすると持ち主は戦士の一団かも知れない事をリルガミン随一の "金に執着している男" に洩らした。
色んな人間が売買に店へ訪れる… もはや其処に縋るしか道は無いように思われたのだ。
「お前らの他に客は何人いた?」
20人以下だったと言っているが… ボルタックは其処に2人が見知った顔がなかった事を確認すると生真面目な顔で告げた。
「お前らはこのまま帰れ… こいつは儂が何とかしてやろう。」
「本当か !?」
「ただし! 安請け合いはせんぞ。」
未知なるアイテムの鑑定料金は "当分の間、まともな飯にありつけない額" となったが当然、彼らにそんな持ち併せなどなく、貸しとなったが文句は当然ない。
大した価値は無くとも、自分たちの命ぐらいは確かに拾っておきたかったからだ。



そして文無しになった2人は寄り道する事なく、まっすぐ【冒険者の宿】へと足を向け、常連の馬小屋へと滑り込んだ。
藁の匂いと寝心地がこんなに良いモノかと再認識させられ安堵するが…
「なんとか助かったな!」
「ひょっとしたら殺されてたかもしれんぞ。」
「いくら何でも… 精々牢屋ぐらいだろう。」
「いや、判らんぞ。裏切ったっちゅー魔導師だって、本当のとこはどうだか… 」
屋根の隙き間から見える星空を眺めながら、老境へ向かい始めている盗賊2人は少しずつ睡魔に襲われ出していた。
「俺ぁ、真面目に盗賊稼業を全うするよ。」
ティグの言葉にマルタは空かさず相槌を打つ。
「当たり前じゃねぇか… 俺たちぁ盗賊だ。」
ティグの頭から騎士となる夢が消えつつある事にマルタは胸を撫で降ろしていた。
展望に何も明るさとなる材料は皆無だが、分不相応な希望は我が身の破滅を招くだけ… その至極真っ当な考え方を盗賊稼業な自分がしている事の可笑しさに全く気付いてはいないのだが。
そんな時、マルタが
「おい… 今、ボルタックのオッサン何処へ行った?」
「 …え? あぁ… あれ持って、店ぇ出てったな。」
「出てった… か。」
眠りかかってたティグの目が少しずつ大きく開いていく。
「オッサン独り身だったな?」










【ブラザーフット寺院】に至る道を途中で曲がり、ボルタックは歩みを止めた。
手にしたアイテムを教団に持ち込めば大きな名誉と金になるのは知っていたが、商売人として名を成した自分が持っていっても不審がられるのは目に見えている。
それを知っている彼は『何処へ』持って行くべきか思案していたのだ。
(戦士の一団か… せめて人相や人数ぐらい聞いときゃ良かったか?)
しかし本来の持ち主へ売りつけようという考えは早々に棄てた。
よく考えたら、こんなモノ… 恐らくは迷宮の最下層へと辿り着いた証明を手にした連中に『金と交換』なんて持ちかけたら瞬時に殺されるだろう。
ボルタックは漸く自分の軽率さに舌打ちしたい気分に陥り、持ち込んだ2人組をそれこそ没義道にも呪い始めた。
そんな町一番の商売人が路頭に迷いかかっているところへ冒険者の一行が通り掛かった。
彼らは未だ若く、明らかに経験不足を露呈してはいるが身形はしっかりしていて決して羽振りは悪くなさそうだ。
そして商売人は意を決した。
「やぁ皆さん。私めはボルタック商店の主その者にございます。何か御要り用なモノはござ… 」
精一杯の笑顔を作り、彼らに近付くが想定外な反応が力一杯に帰ってきた。
「なんだ? またドワーフのモノ売りか?」
どうやら浅い階層を彷徨く近親種の事を指しているらしいが、敢えて其処は無視して会話しようと言葉を継ごうとしたが相手側にその気はなかったらしい。
「教団の身分証なら要らんぞ!」
「は?」
「だから、身分証は必要ないと言っているのだ。」
完全に機先を制された商売人は心から驚き過ぎて "らしくない" 反応しかできなくなっている。
「っ全く… 」
不機嫌な顔して去っていく一団を尻目に、リルガミン随一の商売人は本当に訳が判らなかった。
何故あれほど拒絶するのだ? 何故、身分証の事を知っているのか?
どうやら、もう1人のドワーフに逢って話す必要があるようだ。


そして、もう1人のドワーフは難なく見つかった。
通路の角を3度曲がったところ… 寺院近くの裏側で道往く冒険者たちの袖を捉えては売りつけようとし、罵られ嘲られ、少し途方に暮れていた哀れな姿。
(奴か… 確か "鉄っ鼻" とか謂ってたな)

頑丈を意味する渾名の持ち主で存在を知ってはいたが、取るに足らない小者と思い今日まで放置してきた。
それがこんな形で向き合う羽目になるとは夢にも考えてはみなかったのが正直な気分だった。
(何が "鉄っ鼻" か! 儂の拳骨ハンマーで砕いてやるわい !!! …それにしても、何だって教団の近くでこんな事を !? )
挨拶も何もスッ飛ばし、無遠慮に胸ぐらを掴むと、今にも殺さんばかりの勢いで事の顛末を聞き出してはみたが、その内容はボルタックのような男ですら驚倒させる内容だった。
ソーンの裏切りによりゲートキーパーが不在となった今、件(くだん)の身分証はグブリ・ゲドック司教が最高責任者になった時点で廃止(幹部の再編か?)され、今ではガラクタ同然となっていている!
その不要になった在庫品をもう1人のドワーフである "鉄っ鼻" が引き取り、適当に売っ払っていたのだ。
アイテムそのものの価値は無いも同然となっているのだが、教団の実状を知らない未熟な冒険者たちが相手ならば… そういう思考の流れは近親種だからこそ理解しやすかったが、抜け駆けされたのが小者扱いした男なのが癪に障る。
それにボルタックは信仰心などとは程遠い男だが、教団に多額の献金をする事で独占的に商売し種族随一の成功を収めてきた。

しかし、我知らない裏でそんな事実が展開されている事を突き付けられると怒りよりも衝撃の方が大きい。
責任者が変わったからって、そんな簡単に象徴を売るものなのか !?
良くも悪くも、教団は古い慣習や伝統を棄てて新しい体制となったらしい。
俺の知らないとこで、しかも教団のすぐ近くで、俺ではない他の人間に商売させていた !?

散々に俺から甘い汁を吸っときながら!
怒りから衝撃、衝撃から落胆へと心を乱された "ドワーフ随一の成功者" は珍しく深酒したい気分に襲われ始めた。

【ギルガメッシュの酒場】には個人的に懇意にしてるエルフの女給が何人か居るが、今日ばかりはチップを弾んで… 淫らな妄想への希求も手伝って想いは加速度的に膨らみ背中を後押しする。

今や "只の男" になったボルタックは酒場へと足を向けたが、それが今夜の決定打となる事を彼が知る由も無い。












ティグとマルタは主の居ない店内からポケット一杯の金貨、売れば大金になりそうな武具の幾つかをどうにか調達した荷馬車に山と積んで盗み出す事に成功した。

積年の恨みが仕事を捗らせたせいか、故郷に帰ると決めた心は少し弾んでいて、本当の自分たちじゃないみたいだが気分は悪くはない。
若かった頃の緊張感すら蘇り、寧ろ晴れやかですらあったぐらいだ。


俺たちぁ盗賊…
もうこんな事が出来るのも、あと何年も無いだろう。
間近い将来への確実な保証をたらふく詰め込んだ2人は闇に紛れてリルガミンを抜け出した。
後日、
2人は指名手配されたが、遂に捕縛される事は無かったらしい。

そこにカドルト神の慈悲や気紛れが介在したか否かは誰にも判らない。


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