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「世界の未来は、都市化だけなのか? -イノシシから考える文明論-」 “NHKクローズアップ現代(5月8日放送)で、伝えきれなかったこと”

5月8日放送のクローズアップ現代「アーバンイノシシ物語-ワシらが都会を目指すわけ-」というテーマに、出演させて頂きました。ここでは放送時間の都合上、十分にお話できなかったことを補完させて頂きます。

このテーマについては、まずなぜ私がイノシシについて語っているのかについて、簡単に説明する必要があるでしょう。医学部に所属する宮田が「なぜ他の分野に関わっているのか?」という質問をしばしば頂きます。科学者としての私の専門を簡単に説明すると、「科学のアプローチを用いて、現実をより良いものにすること」です。ここでいう科学のアプローチとは、ここ数年で言えば、AIや統計学を含むデータ分析だったり、ICTをはじめとするテクノロジーだったりします。では現実をより良くするためにはどうすれば良いか、ということを考えときには、プロフェッショナルを支援する、新しい技術を企業と開発する、社会システムを調整・デザインするという選択肢があります。この社会をデザインするということが考えた時に、1つの分野で完結するものではなく、必然的に多くの分野とコラボレートすることになります。

各分野において深い知識と洞察を積み上げた専門家の方々とのお仕事には常に敬意を感じておりますし、別分野のアプローチが相乗効果を生み、更なるイノベーションが拓かれる瞬間は非常にわくわくします。クローズアップ現代における私の役割は、取材で得られた各分野の情報や専門家の方々の見解に、横串を指す専門家としての視点から深みを与えて、視聴者の方々と未来を共有することだと考えています(とても難しいですが、役割を果たせればと思います)。とはいえ「アーバンイノシシ」については、正直かなり面食らったテーマではありました。ただ番組の取材とは別に、自分自身で野生動物に関する様々な文献をあたり、関係者の人々の話を聞くなかで、新たな発見があったのもありました。

イノシシが山奥から飛び出して、都会に出てきた背景の理由として「都市化」というものがあります。日本では「農村部の衰退」という現象を考える時に、少子高齢化、人口減少など混ざってくるために問題が分かり難くなっていますが、大きな軸として「都市化」という現象を分けて考える必要があります。都市化はこの100年、途上国を含む全ての地域で進行している現象であり、1950年に29%だった都市人口は、2005年前後にアフリカを含む全世界で50%を超えています。これは大雑把にいえば、全世界の産業構造がシフトする中で農村部の仕事が少なくなり、労働者を効率的に活用するために都市部が人々を吸い上げるという仕組みです。

日本は国策として“地方創生”という旗を掲げ、中央で集めた財源を地方へ再配分する様々な取り組みを行っています。もちろんそれらの取り組みは意義があるものですし、私自身、新潟県で健康情報管理監という職をつとめ、静岡県で社会健康医学構想に携わり、また北九州や沖縄など様々な地域の取り組みを支援しています。しかしながら全世界で同時進行する「都市化」という大きな流れの中では、郷土への思いや住みやすさ、新たな魅力を発掘せよ、というアプローチのみで状況を変えることは簡単ではありません。地方と同時に、労働力を吸い上げる都市側の未来も同時に考えなければ、真の出口には至らないのです。アーバンイノシシという切り口1つから考えても、地方だけの努力でも、都市部だけの努力だけでも解決しません。世界中が競い合う中で、日本社会の歩みだけを止めることも簡単ではありませんし、1歩や2歩戻ったところで100年以上続けている都市化の歩みを巻き戻すことは困難です。であれば「都市化」の先、新しい社会のあり方を考える必要があります。

現在、テクノロジー産業と結びついた社会デザインの多くは都市化に関わるものです。これはスマートシティという言葉に代表されています。これはインフラの整備、大規模建築、最先端技術の導入など取り組みについて都市部で効率的に利潤が回るという面だけでなく、都市に住む人の意識が変化の導入に親和性が高いということもあると思いますし、この視点は合理的だと思います。一方で地方創生についても、新潟十日町で北川フラムさんが20年間以上にわたって続けてきた「大地の芸術祭」のような素晴らしいものもあります。また岐阜飛騨地域におけるインバウンドと連動した、地方創生も価値が高いと感じています。特に観光地としての日本の価値が世界で高まり、東京や京都以外の地域に注目が注がれ、多くの人々が訪れる今日では、海外の視点から地方の新たな魅力を引き出し、持続可能な発展につなげて行くことは、有用なアプローチだと思います。ただ、ここでは都市化の先を考える上で、地方の新たな可能性についてテクノロジーを活用した社会デザインで考えてみたいと思います。

自動運転の技術が発達していますが、既に発達した都心部では直ちに導入することは困難です。ただ新しく作る町であれば専用レーンを設計することができます。また交通ルートをコントロールすることができる地域であれば同様に、現時点、あるいは近未来の技術で自動運転車を導入できる可能性が高まります。ICTの発展により遠隔であっても十分な仕事が可能となった一方で、交渉や営業、アイディエーションなど対面だからこそ引き出せる価値もいまだ多いのが現状です。この時例えば、リニア新駅であれば東京や大阪への1時間以内のアクセスを実現した上で新しい地域のあり方を描くことができるでしょう。

これから電気自動車の時代が到来することによって自動車の共同保有の価値が高まります。現時点では、まだ使える車を定期的に乗り換えて経済を回す仕組みですが、電気自動車を自治体や企業が共同保有することによって、電力の共同運用も実現することができます。エネルギーが安い時に蓄電して、余ったエネルギーを水素に変えて運用する(水素はエネルギーの変換効率が低いため現時点では第一選択にすることは難しいです)。このような運用によりエネルギーの地産地消も可能です。また共同保有であれば駅前から駐車場をなくすこともできます。テクノロジーを活用して自然や野生動物と棲み分けることができれば、効率性重視のこれまでの駅とは異なった景観の駅を作ることができるかもしれません。

自動運転で自宅から駅まで通うことができれば、家のドアを出た瞬間から、その時間は自分の時間です。仕事の時間、趣味の時間、リラックスの時間。家を出た瞬間から遠隔会議を行うことも可能ですし、帰宅時に疲れていたらマッサージチェア付きの車で移動する、エアロバイクなどで体を動かしながら移動する、というのも一案です。移動時間を自分の時間として使うことができれば、駅近だけが良い立地ではなくなります。都市部での生活においては、移動時間は満員電車に代表されるストレスを伴う消費される時間になりますが、移動距離を短くすると今度は狭い場所でひしめき合うことになります。社会システムに消費される時間を減らし、自分らしい生き方につながる時間の質を高めていくことが、都市化の先にある生き方といえるでしょう。ここに挙げたのは日本のある地域だけで可能かもしれない一例にしかすぎません。地域がこれまで大切にしてきたアイデンティティや価値を踏まえ、テクノロジーやデータを活用することにより、どのような社会を描くことができるのかを皆様と考えていきたいと思います。


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