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しがないラジオと共に大企業からベンチャーへの転職を振り返るあれ(しがないラジオsp.71の続き)

転職ってなーんだろー。転職ってなあに。

この記事は しがないラジオ Advent Calendar 2019 15日目の記事です。また、Linc'well Advent Calendar の13日目の出張版です。出張版って許されるのか分からないのですが、まぁいいか(勝手すぎる)

しがないラジオについてはこちら↓

2019年の暮れにしがないラジオに出演させていただきまして、そこでインフラ大企業からベンチャーに転職した際の流れとかを話させていただきましたところWebエンジニア、SIerの各方面から様々な反響がありました。(特にSIer)ここでは、ラジオで話しきれなかったことや、似たような立場で自分がどうしようかと悩んでいる人に向けて、本当のところどうなのかとか、アクションするにあたってどうしたらいいのかといったことを私なりにご紹介したいと思います。

(たぶん、しがないラジオ自体がSIerのキャリチェンをテーマにしていて、本記事を楽しめるのもそういう人かな?だから生粋のWebエンジニアで本記事を見てくれた人は、話がつまんなかったらごめんなさい。)

キャリアを振り返る

しがないラジオsp.71でも一部話しましたが、私は2018年7月まで中部電力株式会社という大企業に勤めていて、2018年8月から株式会社Linc'wellという医療ベンチャーに転職しました。中部電力という会社は電力10社と呼ばれる大手電力インフラのうちの1社で、従業員数約16,000人の東証一部上場企業です。

※PCのChromeで"中部電力"とgoogle検索すると「中部電力ホームページ(スマートフォン版)」と出てきます。あと、同環境で会社概要のリンクを見ようとすると真っ白なページのままコンテンツが見えません。どういうことや(笑

中部電力時代を振り返ると、2015年頃までは純粋に上流SIerとして大きなPJに関わっていました。老舗大企業というのは常にレガシーマイグレーションの悩みを抱えていて、私が所属していた当時もホストコンピュータのWebシステム化PJを何年もやっている状況でした。そのため、触っている言語も学生の頃はjavaやC++、rubyあたりだったのが、企業に入ってからはフロントエンドはjava、サーバサイドはMF cobolを見る・いじる日々が続きました。設計書なんかOASYSだったりしてね、やべーわ!

Web屋の人からしたら、「ホストコンピュータって何?怖〜っ」てなかんじでマジで得体が知れないんじゃないかと思います。メインフレームについてここでイチから語ることはしませんが、私は幸運なことにUNISYS製、富士通製の2つのホストコンピュータとの出会いに恵まれました。令和の読者としては、同業者かマニアでなければ何が幸運なのか理解不能かもしれませんが、これは2つの意味で幸運でした。

1つ目は、老舗企業のあり方にリスペクトを持って接することができたこと。老舗企業ってよく「大企業病とかサラリーマン社会って嫌にならないんですか」みたい問いかけがあって、「そりゃ嫌だよ」って多くの若者が心の中で答えるんだと思います。私も入社当初はそういうふうに思っていましたが、企業が築き上げたプロダクトを見て、実際にはそんな単純な歴史ではないと知りました。ホストにしろクライアント・サーバにしろ、昔の技術って結構おもしろいもので、コンピューティングリソースがいかに少なかったとか、そういったことをしっかり踏まえて作られていたんですね。インフラは取替に次ぐ取替でCPUとかモダンになっていますが、アプリ設計は根幹は変えられないので、当時の厳しいリソース事情に裏打ちされた工夫が透けて見えて。そういう発掘みたいなプロセスから、多くの先輩SIerが強いられた工夫の歴史にリスペクトを感じて「大企業病は確かにあるけど、それでも先輩たちのプロダクトはすげーわ」と思えました。これ、感受性にもよりますが私は大事なレバーだと思っていて、やっぱりリスペクトが仕事を円滑にすると思うんですよね。実際、私は言うことを聞かない後輩だったけど、それでもプロダクトに真剣であればこそ目上の方々がたくさん助けてくれて、結果的に中部電力で良い仕事ができていったと思うんです。自分が仕事仲間をどう思っているかで、自分に引き寄せるものも変わってくる。そういう循環を作るきっかけを技術によって与えられたのが幸運だったなと。

2つ目は、Web系とメインフレームを複数種類やったことがある若手が私だけだったこと。これは単純に大企業でのキャリア形成上よかった。Web系はまぁ自分で勉強すれば社内外にいくらでも転がっているわけですが、メインフレームを短期間に複数種類やるっていうのは望んでも得られないキャリアパスでして、これは大きな企業のコーポレートITについて全体像を掴むのに役立ったと思います。事業会社の若手社員なんて部署採用なわけですから、その部署のことは分かっていてもコーポレート全体を腹に落として動けるやつなんていやしません。経営企画にでも入れば別でしょうが、それはそれで実務を知らずに机上で育つので、「戦略(笑)」みたいに実務側から揶揄されてしまいます。すなわち、私に関してはITという限られた切り口ではありますが、主力事業プロセスのいくらかを実体験を伴って理解でき、早い段階で会社全体の課題解決に対する視野を持つことができたのです。驚くべきことに、この効能は自分の中での視野作りに終わらず、他者からの”リファレンス”として作用し始めます。つまり、関わった人たち(当時は対峙した人でも)が「あいつはこれこれというPJを渡り歩いて、完璧ではないが会社の中の重要なソリューションを理解している」とか「今までのことを知っていて、かつ、新しい意見を言えるやつ」とか言ってくれたらしく。こういうことは自分で言うよりも説得力があるといいましょうか、その時々においてチャンスを貰える要素として、幸運としか言いようがありません。

とこんなふうに思ってやっていたわけですが、2015年にAIがバズって転機が訪れます。2011年の震災以降、電力業界は事業変革を求められていたので、その源流に合流するかのように、AIを使って業務生産性を高めようという風潮が生まれました。大学時代にニューラルネットをやっていた私のところにこの話が舞い込み、AIを使ったPOCプロジェクトを私のデザインでやらせてもらえることになりました。クラウド前提で事業システムの構築(しかも事業会社としては当時異例のパブリッククラウド)をやらせてもらえるということで、わいテンション激上がりです。学習の対象がMLになったりクラウドになったりとWeb寄りになっていき、PJを成功させたい思いからPMの勉強も増えました。また、この頃は自分の趣向なのですが積極的にITコンサルとチームを組み、彼らが持ち込むフレームワークやコミュニケーションを学んでいました。ときどきユーザー企業向けの業界誌で”今どきの事業会社は社内コンサル部隊が〜”とかって見出しが流行りますよね。良いかどうかは別として、中部電力の中で私は自然とそういうロールになっていきました。

実際、2018年頃はIT企画室という組織があって、経営戦略のレイヤーでITを企画していました。これについては社内のITを考えるコーポレートITと、事業そのもののITを考えるビジネスITと、両方を担当していたのですが、やはりAIに強かったので技術の軸で戦略を立てたり、思いつきで新規事業の提案書を書いたり、自分で軸を作って好きにやらせてもらったと思います。ソフトバンクの孫正義会長が講演で「毎日3語のキーワードを無差別に選出してサービスを考えていた」と言ったのを思い出して、毎日、事業アイディアを書き溜めて、100個溜まったら1つ2つ提案していました。こいつ何やってるんだとシニカルに見る人も居ましたが、実際には、太陽光発電の個人売買に証券システムのモデルを入れて流通を加速させるアイデアや、EVの電力スタンドにブロックチェーン型台帳システムを導入してマンションにも普及可能な低価格パッケージとして提供するアイデアが生まれ、POCの実施に至ったものもあります。アーキタイプを見届けて退職してしまいましたが、続けていたらサービスとしてローンチしたかったですね。(ところで、退職後のエピソードですが、横浜を歩いていてスマホ充電器レンタルのサービス「ChargeSPOT」に遭遇したときは「あーやっぱりこれくるよね!俺も提案してたのに!やられた!」って思ったりしました。やはりイノベーティブなことは、シニカルな雰囲気などは無視して素早くやるべきなのです。)

よく転職しようと思いましたね

リンクウェルに転職してこれを頻繁に言われるようになりました。しがないラジオのリスナーもSIerや大企業の人だったりするみたいなので、このように思った人はもしかして多いのかもしれません。これについては因数分解すると、

①上場企業とはいえ名古屋にあった超ホワイト老舗企業から東京のベンチャーに飛び込んだという対比

②30歳を超えてから上京した勇気(別にええやんかw)

③当時、リンクウェル自体が、会社としての保証・実績・プロダクトの何一つもないにも関わらずjoinすることへのリスクテイク

の3つを指して言われることが多いです。確かに言われてみればそうだ。しかし、なんていうか、本人は全然適当に考えていたぞ!

①については正直まったくそういう発想では動いていないというか、そもそも自分にとって何がホワイトなのかということが人によって違うと思っています。私の場合、30代になって自分の人生をもっと楽しみたいと思った時に、"Work hard."が私にとってのホワイトだった。中部電力はホワイト老舗企業かもしれないが、私個人は自分のPJを成功させたいから毎日残業していたし、逆にせっかくゾーンに入ってる時に「はい、帰宅してくださ〜い」みたいなアナウンスが流れて規則を守らねばならなかったし(※守りましょう)、なんか違ったんですよね。

②については確かに早いほうがいいとは思いました。ただ、これは上京がどうとかよりは、もっと早くWeb屋として20代を過ごしていたかったと思いました。私は大学院での研究期間も長かったし、中部電力でもWeb意外のいろんなことをやっていたから、純粋にWebだけをやってきた人には今は敵わないと思う。(とはいえ構築技術への興味だけでは幅広なプレイングマネージャーとして育たなかった。そこが難しい。)結局のところ、やっぱりWebって面白くて、もっともっと入っていきたい自分がいる。これから高めていけば良いですよね。(話ずれてるね)

③については、これは問題と思わなかった。しがないラジオでも話したんですが、リンクウェルの事業は割と堅実で、夢もあり、人もハッピーにするんですよね。まぁ当時何も無いので何の証明もできないと言われたらそれまでなのですが、今から自分たちで作るんだーくらいに思っていました。唯一怖いことがあるとしたら、入ってから自分がスコープを見誤ることがまずいと思っていました。感覚では絶対うまくいくって思っているんだけど、無茶な機能リリースとか、実際モノを作っている自分が欲をかいてローンチできなかったら、「これはエキサイティングなサービスなんだ」とアピールする機会を失うかもしれない。流石にそれはまずいなと。だからプロダクトはなるべく小さく産み出して育てるって舵切りをして、とにかくシステムは動いています、これは絶対に止まらないんだという、それさえ死守すれば自分のことも含めてあとはなんとかなると思っていました。

本当のところどうなんですか

全部本当なんだけど(笑)、よく聞かれるのは「大企業からベンチャーへの転職って、実際ギャップが大きすぎやしませんか」「SIerからWeb系に転職するのって文化が違いすぎて、できることなんですか」という質問で、そこに対して興味をお持ちの方が多いみたいですね。きっとご自身のキャリチェンを考えてのことですね。

まず、大企業とベンチャーのギャップっていうのは、正直あんまり感じませんでした。MECEに回答できるほど考えたことがなかったんだけど、結局、目的に向かって走るといういうこと意外、あんまり興味がないんだと思う(笑)。中部電力のときに「このPJを成功させたい」と思ってやっていた自分と、リンクウェルで「このサービスをイケてる状態で届けたい」と思ってやってる自分てそんなに違うと思えないというか。福利厚生とかオフィスの大きさがどうとかスーツor私服とか、そういう諸条件はもちろん違うのですが。。。頂いたコメントの意図がカルチャーフィットのことだとすると、例えば、物事が整理されている状態を望む人はシード期のベンチャーに飛び込むのは時期尚早かもしれませんね。大企業はやめるんだけども、エッジがありつつもある程度統制が取れてそうなベンチャーに行くっていうのも一つの答えだと思います。

SIerからWeb系へのキャリチェンは、たしかに文化が違うと思いますね。これはもうチームワークのあり方も違うし、システム開発のプラクティスも違うし、スキルとかコミュニケーションも違います。中部電力とユーザ系SIerはほんとサラリーマンってかんじで統制の取れた軍隊でしたけれど、リンクウェルはなんかもう動物園ってかんじです。自分がどんなロールになりたいかにもよりますが、エンジニアになりたければその領域の技術をある程度準備するということになりますし、カスタマーサクセスになりたいのであればやはりそのあたりの知識を、というふうに、スキルマッチの努力は必要だと思います。私が動物園と思ったその心は、コミュニケーションとか過ごし方みたいな部分に関して、大学のゼミみたいな雰囲気に近いと感じているんです。みんな主体的かつ個性強め。それが嫌でなければ、ベンチャーでの生活は心配しなくていいんじゃないでしょうか。

転職でどういうアクションをとるのがいいか

これは私も一回しか転職したことがないので正解はわかりませんが、やりたい仕事に寄っていこうと思うときは、まずは関係するコミュニティに顔を出すということでいいと思います。それが転職なら、転職市場ってことになるんのかな。私の場合、異動のときも同じ理屈で、なんとなく移動先のコミュニティに関わっていると、なんだこいつちょっと欲しいなということになって、声がかかっていたと思います。しかも、いろいろ顔を出していると、自分のスキルと行きたい業界との間にあるギャップとか見えるでしょうから、勉強とかそういう類のアクションはそれでとれますね。

あと自分の意思決定に優先順位を持つことでアクションできるようになると思います。誤解を恐れずに言うと、地方の方にたまにあるのが「地方で暮らしたいし、首都圏レベルの環境に身を置きたいし、ベンチャーで働きたいし、休日は友達と遊びたいし」みたいなかんじで、自己実現のベクトルがあちこちに飛散している場合はご自身のアクションをとりづらいと思います。リモートとか、地方のIT拠点とか、増えて働きやすい世の中にはなりましたので一概には言えませんが、やっぱり、”一番はどうしたい”という軸はあったほうがアクションが明確になると思います。例外として、家族をお持ちの場合はこの限りではないと思います。仕事だけではなく家族のことも考えるというのは人生の大切なことなので、よく考えたり話し合ったりするしかないのかなと思います。リンクウェルでも、平時は仕事に邁進してもらう風土ではありますが、何かあったときは家族を第一に優先してもらうようにしています。

おわりに

今回はしがないラジオのご縁から、インフラ大企業からベンチャーに転職した話のスピンオフを書かせていただきました。リンクウェルに来てから1年以上経っていますが、今更ながら、これが退職エントリーというものか!!自分としては久しぶりに過去を振り返ってなかなかおもしろかったですが、しがないラジオを聞いていただいて反響のあった部分・質問に答えられているのかな。興味のある方はツイッターとかでコメントいただけば幸いです。今回は”インフラ大企業からベンチャーに転職”をキーワードに書きましたが、今後はリンクウェルについての記事も書いていこうと思います。リンクウェルにご興味を持っていただけた方は、弊社ではエンジニア人材を募集していますので、そちらもぜひご覧ください。

最後まで読んでいただきありがとうございました。



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