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もう、怒ってないよ

高校のときに仲良くしていたエリという子がいた。


電車の中でよく一緒だったから、すぐ仲良くなった。チョコレートが好きで、スニッカーズを朝からボリボリ食べていた。漫画を読むのがすごく早くて、勉強が良くできた。髪が茶色だったからよく勘違いされていたみたいだが、地毛だ。


エリは部活帰り、腹が減ったと騒ぎ、フライドポテトをいつも買った。ある日こちらに差し出すので「いいよ、おなかすいてるんだから食べなよ」というと


私だけ太らせようってわけ?


といって、半分くれた。美味しかった。


別に特別、すごく仲が良かったわけじゃない。人間のタイプも違っていた。でも、よく話しかけられたし、話しかけた。いい友達だったと思う。


高校を卒業し、私達は合わなくなった。そして、会わなくなった。よくあることだと思う。高校3年間を心地よく過ごすために、ただ近くにいた子たちとつるむ。そういうものだと思っていたし。


大学生活も半分、そろそろ就職活動だ、という年、エリからいきなり連絡があった。どこで連絡先を見つけたのか不思議なくらい、私達にはもう接点がなかった。嬉しくなって、会った。新宿東口の近くの、煙たいような焼き鳥屋だった。


エリは何度も「元気そうで良かったよ」と言った。でも、全然そう思ってないようだった。


エリは、なんだか不幸そうに見えた。ネイルも綺麗、髪もすごく手入れしているみたいだった。高い香水の匂いがする。聞けば就活のためにホワイトニングをしたそうで、この言い方は嫌いだが「垢抜けた」かんじだった。でも、目つきが変わった。


一方で私は、高校を卒業したときのままだった。自分ではそう思わなかったが、エリがそう言った。


あんた、なんにも変わってないじゃん。友達とか、教えてくれないの?そのままじゃだめだってこと。


座って、焼き鳥を待つ間、エリはずっと自分がどんな会社を受けるか、その業界がどれだけ人気で難しいか、いかに自分に勝算があるかという話を延々とした。


エリは、大学受験で第1希望に届かなくて、第2希望に進学した。しかし地方の雰囲気に馴染めず、都内の私大を受け直した。一浪で、上京したのだった。


あんたが東京にいるなんて思わなかった。


失望したように私をジロジロみる。エリが何を言いたいのか大体わかっていた。でも、まさか口に出して言うとは思わなかった。


焼き鳥が届き、私が「おいしそう」と笑うと、エリは何かが切れたみたいに話し始めた。


ねえ、あんた、自分が道を踏み外したこと、わかってんの。どこで道をまちがえちゃったのか。絵なんてバカみたいなこと始めなければ、あんたも他の子みたいに名門大学に行けたかもしれないんだよ。そしたら、いい未来があったかもしれないんだよ。


私は焼き鳥を選ぶのをやめた。砂肝がてかてかと光っていた。


絵なんか選んだあんたに、いい未来なんて絶対ない。今からじゃもう遅い。あんたが行ってるみたいな3流大学の生徒、欲しがる企業なんてないんだから。私は、このまま上に登っていく。あんたみたいな人が三角形の底辺に居続ける。私はそのお陰で上で楽しんでいられるの。


エリはトレンチコートを無造作に持って、多めのお金をテーブルに置いた。珍しい色のカラーコンタクトを入れている。そのせいで目の奥の感情が読めない。


上から、見下ろしてるよ。あんたみたいなやつを。



次にエリを見たのはその5年後、羽田空港だった。私はヨーロッパから一時帰国し、ぐったりとベンチに座っていた。安い空路を選んだせいで、相当疲れていた。こんな時、もっとお金があればな。ここからタクシーとかで帰れるのにな、なんて思っていたら、目の前に3人組の女性がいた。その一人がエリだった。


3人はホノルルからの荷物を待っていた。きれいな格好をして、真っ白い肌を見せていた。甲高い声で笑っている。エリは、必死で私に気づかないふりをしていた。


それがエリを見た最後だった。それ以来会っていない。



私は、その後の人生で何度も、彼女の言葉を思い出した。その度にいらついた。次に会ったら、どうやって言い返してやろうか、考えたりもした。実際に手紙を書こうとしたこともある。SNSで探したことも。「謝って欲しい」と言ってやりたかった。


エリの言葉で、私がどれほど自信を失ったか、傷ついて、泣いて、悔しがったか、思い知らせてやりたい。そう思っていた。


でも、今朝、絵を描きながらふと気づいた。もう怒っていない。不思議だけれど、もう全然怒っていないのだ。


謝るべきなのは、私の方だった。私はエリを、ただの同級生でその以上ではない、とはなから決めつけていた。あれだけよくしてくれても、高校が終わればそれまでだと。エリが味わった苦しみも、焦りも、理解しようとしなかった。所詮は他人事だと思っていた。


もしかしたら、エリは、私がまだ怒っていると思っているかもしれない。頭がいい子だったから、自分がどんなことをしたのか、十分わかっているだろう。


いつか、もしどこかで会ったら、もう怒ってないよ、と言いたい。そして、また焼き鳥屋にでも入って、今度こそ美味しく食べられたらいいなと思う。

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